20
月神香耶side
さて各地の国主たちが帰るのを北条と月神で見送って、ようやくひと段落がついた。
じっちゃんから決して安くない額の報奨金をいただいたので月神のみんなに振り分けた。竹中さんと三成君も数に入れたら当然のごとくつっ返されたんだけれど。彼らにご褒美あげるのは豊臣さんのお役目だそうで。
そんな豊臣勢ふたりと、家のことを心配していた敬助君を先に月神屋敷に帰らせ、みんなで残っていた雑務を始末して夕餉の時間前には帰路に就く。
「香耶、なにか欲しいものってある? 着物とか、紅とかどう?」
「べつに……強いて言えばお酒が欲しい。でも自分のお金は自分のために使えば?」
「ああもう、繊細な男心がわかってない!」
「半兵衛君に繊細な男心を説かれても」
「香耶にはまず女心から諭すべきではないか」
「あれ。伴太郎の言葉の棘がちくちくする」
「香耶は男女の機微を解さぬのではなく、解したうえで斜め上の反応をしますからね」
「それもどうなのよ幸村」
野菜を売り歩く荷車を避けながら、そんなとりとめのない会話をする。
町人街の風情を懐かしい気持ちで歩き、繁華な町に程近い、町の奥まったところにある月神屋敷の門をくぐれば……。
「Hey! 遅かったな、香耶」
なんでいる。伊達男。
「……どうやら家を間違えたようなので帰ります」
「どこに帰るつもりだ? ここが月神屋敷だぜ」
「現実逃避くらいさせろばかやろー!」
玄関戸に背を預け立つ伊達政宗。その姿を見て私はこめかみを押さえた。
何せ彼の出で立ちが……藍染の小袖に白鞘を一本差しているだけの簡素な装いで、いかにもこの家の住人ですって顔なのだから
「……待てよ。伊達さんここに逗留して今日で何日目?」
「Ah……四日だな」
私が岩付城にいる間にもうここに来てたのか!
「あとあんたの休鞘借りてるぜ」
「あ、ほんとに私の使ってるし。返せ馬鹿」
「かてえこと言うなよ。刀匠ならまだ持ってるだろ」
「君の刀六本もあるじゃない。さすがに無くなるわ。私の狂桜どうすればいいんだよ」
拵えの鞘ってのは普通漆塗りで、空気が通らず湿気が逃げないため刀身がどうしても錆びやすくなる。
そこで普段は空気の通る朴の木の鞘に入れて休ませておくのである。
「けどあんたの“狂桜”は刃こぼれも錆びもしねえ妖刀だって聞いたぜ」
なぜ知っている。
「誰がそんなこと……」
「千景が言ってた」
…………ちかげ?
「たしかreal name は幸鶴丸っつったか」
思わぬ名前に私は目を丸くした。
そんな私の顔を、伊達さんはなぜか指先で撫でて顎を上げさせる。
「Huh,あの赤も良かったが、やっぱり香耶にはblue eyesが似合ってるな」
なぜそこでぶっ込んできた。
伊達さんの鋭い美貌が至近距離まで近づくと、その瞬間、私と彼の顔の間を誰かのてのひらが遮った。
「はいはーいそこまでー」
「香耶を放していただけますか、政宗殿」
「…………」
「チッ」
私と伊達さんを隔てる手の主は半兵衛君で、幸村はなんだか寒気のする笑顔で伊達さんの肩を掴み、そして私はいつの間にか現れた婆娑羅小太郎によって彼から距離をとらされていた。鉄壁の連携だ。
「幸鶴丸というと安芸毛利家の嫡男の名だったか……」
「──遅い。この俺をいつまで待たせるつもりだ」
伴太郎の呟きに被せるように、尊大な声が響く。声のしたほうへと視線を向けると、開いてる玄関の奥からゆるりと千景君が歩いてきた。
なんでどいつもこいつも我がもの顔でうちにいる……!?
千景君は玄関先で団子になってる私たちの姿をみて、冷然と目を細める。
間違っても十歳児のする表情じゃない。
「成る程。政宗公に男を侍らせる魔性の女と言わせるだけはある」
ヒィィ!
「ちょ、伊達さんなに吹き込んでんの!!」
「ハハ! kidにはちと早かったか?」
睨みつけると伊達さんはからからと笑った。
こいつをただの子供とあなどってると痛い目見るからな!
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