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月神香耶side



同盟の調印と戦勝の宴は滞りなく終了した。もちろん酔いつぶれて高いびき、なんて醜態は誰も晒せない。
というわけで、本日は月神軍に宛がわれた小田原城本丸の中奥御殿で一泊である。



「あああ疲れた……精神的に、」

私は重い着物を引きずって、やっとの思いで泊まるお部屋のふすまを開けた……のだが。



「あ、香耶。お帰りー」

「おや、お疲れ様でしたね」

「敬助君……半兵衛君、小太郎君。君らなにやってんの」

「見て解らぬか? 祝宴よ」



月神で一殿舎まるっと貸しきった御殿の二の間の中央で、この三人が晩酌していやがった。
家主を働かせておいて打ち上げですか。そーですか。

「……いや、私はともかく幸村と小太郎と伴太郎はこのまま夜警よ? 誘おうよ」

「お気遣いにはおよびません。月神屋敷に戻るまで香耶をお守りするのが私の役目ですから」

私の後ろから付いてきた幸村がそんな殊勝なことを言うものだから思わず目頭を押さえた。
真面目だ……主の性格はこんなに破綻してるってのに。うちのこたちが良い子過ぎて泣ける。

「小太郎、伴太郎! どうせそのへんに忍んでるんでしょ。出てきなさい」

そう命じれば言い終わらぬうちに膝を折って現れる婆娑羅者の忍ふたり。
小太郎はいつものように無表情で。礼儀は守るのに態度が伴わない伴太郎は、やれやれと心底呆れた表情だ。

私は幸村、小太郎、伴太郎の前に出て腰に手を当てた。

「みんなで酒盛りしよう。異論は受け付けない」

「……ぬしは忍にまで酒を飲ませる気か」

そうですがなにか。

「クク……忍ならば酒に酔い痴れることはあるまい」

「それも切ない話だけどねぇ。敬助君、残してあるんでしょ」

「ええ。香耶ならそう言うと思っていましたから」

「みんなのぶん、用意してあるに決まってるでしょ」

さっすが、私の言動が解っていらっしゃる。



というわけで、小田原城の贅を尽くした中奥御殿。
その一室で月神一家がぐるり輪になって、いつもの団欒のごとき無礼講が始まったのである。



「もうさ、越前にいた頃みたいに今夜は全員雑魚寝でいいんじゃない? 侵入者が来ても誰かが気付くでしょ。夜警の手間が省けて一石二鳥!」

「何を馬鹿なことを……交代で番をするに決まっているでしょう」

「ふぅん……ん? 敬助君たちもするんだ」

「そうですよ。私、竹中殿、風魔で一順です」

「まじ? じゃあ君ら二班に分かれて私の警護すんの?」

「ええ」

うわぁ……知らんかった。聞かなかったら私ひとり朝まで爆睡だったよ。
私は豪奢な着物のまま胡坐を掻いて、横の敬助君の杯に銚子で酒を注いだ。

「私も入れてくれればいいのに」

「あはは! 警護される人間が何を警護するの?」

「んー、半兵衛君たちの安眠とか?」

「むりむり。むしろ気になって誰も眠れないって。ね、幸村殿」

「そうですね……香耶が夜警に出られるならそれを警護する者が必要でしょう」

「それは本末転倒だなぁ……あ、この田楽うまっ」

言いながら箸で豆腐をざくざくと一口大に切る。



「でも家に帰ったら夜警なんてやんないでしょ?」

「それは我がうぬの隣の部屋に居るからであろうよ」

「……あぁ、なんかあっても先に小太郎君が気付くからか」

人的警報器みたいな。

「帰ったら部屋割りの見直しですねぇ。香耶の周囲は忍で固めてしまいましょうか?」

しかもグレードアップするとか……。



「部屋はどこでもいい。必要ならば毎夜香耶の部屋の屋根裏にでも待機する」

「…………」

伴の言葉に小太郎もこくりとうなずいた。生真面目がすぎるのも考えものだな。

「それは私が嫌だよ。まぁ、警護も兼ねた部屋割りじゃ君らも寛げないでしょうし、実際部屋を見ながら話し合って決めよっか」

それを聞いて婆娑羅な忍ふたりは呆れたような表情をした。

なに。ロボットじゃあるまいし、忍が家で寛いだっていいじゃないの。混沌を見習え混沌を。
と呟くと、こいつを一般的な忍のくくりに入れるなと全員につっこまれる。

じゃあ“一般的な忍のくくり”ってのに、はたして小太郎や伴太郎は入るのかね。



「まぁ、結論を言えば……」

私は立て膝に頬杖を付いて、空いた銚子を膳に置く。
最後の美酒を一気に咽に流し込むと、じんと脳髄が痺れるような微醺に浸った。



「こんだけ優秀な忍や武将が集まってんだしやっぱり雑魚寝でいいじゃん」

至福だ。このまま寝てしまいたい。

「……はぁー、香耶はわかってないなぁ」

なにがよ。

笑顔でにじり寄ってきた半兵衛君を、私は腕に頭をもたげたまま斜に見やる。



「香耶は今、自分がどんな格好でどんな顔してるか、わかってない」

彼の目が笑ってなくて、私は少しだけ身がまえた。

それって、つまり……



「……つまり貴女に害を及ぼす者が、外敵だけとは限らないということです」

「ククク、今のうぬは腹を空かせた狂犬の群れに囲まれる、憐れな仔兎よ」

「惚れた女が傍で酔いつぶれて寝てるっていうのに、欲求不満の俺たちがまんじりとも出来るわけないよねー」

「え゛」



この海千山千の無双武将どもが……

色 事 で 結 託 し て い る!!?



思わぬ陵辱フラグに驚愕して若干酔いが醒めた私は、後ずさりして敬助君に助けを求めた。

「まったく……。香耶、解ったらおとなしく部屋で寝なさい」

「こころえた」

無いとは思うけど、この三人によってたかって襲われたらさすがの私も逃げ切れる自信皆無だ。しかもみんな絶倫っぽい予感がひしひしとする。

……と、そういうリスクを彼らは教えてくれているのだろう。
カクカクとぎこちなくうなずく私に、皆が苦笑したのだった。



※無双の三名は香耶さんの自覚と恋愛感情を育てようと共謀しています。南無三。

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