18
石田三成side
なんという顔ぶれ……。
秀吉様、そして織田信長を両の手に従え、列強の国主らを率い立つ香耶様。
東海列強同盟と名づけられていたそれは、前田、毛利、長曾我部を加え、いまや香耶様の御一存で日ノ本を動かせるほどに強大となった。
だが彼女が私欲で我らを動かすなどありえない。それが解っているからこそ皆が彼女のもとに集うのだ。
香耶様が女中や護衛の真田とともに広間を出られると、国主らは各々の席に着く。彼女の無事なお姿を見られたためか、ほんの少し浮き足立った雰囲気だ。
皆が揃うと秀吉様が朗と声を上げられた。
「此度の戦に尽力した、月神、北条、豊臣の各将兵、そして慶次。よくやったな。我からも褒め置こう」
「いや……俺はほとんど何も、」
「礼を言うぞい! かつては敵対し領を削りあっていた国同士……じゃが、力を合わせ北条の治める地が守られたこと、まっこと嬉しく思うのう」
唐突に名指しされうろたえる前田慶次の言葉は北条に遮られ、奴は所在無さげに肩を落とす。
そして奴の肩を叩いて慰めるように口を開くのは家康だ。
「小田原は香耶殿が住む地でもあるからな。そう易々と奪われては列強同盟の一大事だろう」
「ふむ……だが若しも小田原の地が落ちれば、月神は他の地へと移住せざるを得まい。平和的に香耶を手に入れることができる好機だったのではないか?」
「そそそれのどこが平和的なんじゃ!?」
……毛利の言うことには一理ある。
もし香耶様が大坂城にお住まいになれば、豊臣の力はさらに磐石となるだろう……それに、毎日のように香耶様とお会いできるのでは──……
「あまり現実的ではないね。香耶は戦の前、北条が落ちれば月神も落ちると言い切ったそうだ。彼女ならきっとひとりででも小田原を守るだろう。それこそ命果てるまで」
「然もありなん……」
半兵衛様のご明察に秀吉様も深くうなずかれる。私は己の浅慮を恥じた。
確かに……情に厚くお優しい香耶様ならばこの地を捨てるなどなさらないであろう。
そうして少し前まではありえなかった国主らの雑談に耳を傾けている間に、北条の家臣が額づいて前御殿のふすまから現れ、つづいて宴の膳が運ばれてくる。
「皆様、お待たせいたしました。香耶様の御支度が整いましてございます」
いやに上機嫌な女中頭が叩頭し現れると、皆が式台に注目した。
北条の侍が絢爛な障壁画の施された襖を開け放つと、そこには地上のものとは思えぬ美しい女がひとり、伏せ目がちに頬を染めて立っていて。
その場にいた男は侍から国主に至るまで、ことごとく凍りついたように動きを止めた。
「へぇ、やるではないか! 皆、明月殿に見蕩れて言葉も出ないようだぞ」
「そう囃し立てないでくれないかな、利家公。きっと中身が私だから珍しいだけだよ」
「……いや、ほんとに綺麗だよ、香耶ちゃん」
「慶次は女性になら誰にでもそういうことを言っていそうだ」
「酷いなぁ」
今回最も入り口に近い下座にいた前田が、まず口々に感嘆の声をあげる。
その声に皆の金縛りが解けた。
鮮やかに染め抜いた唐撫子の打ち掛けの袖を捌く真白の手。白銀の垂髪と色白の肌が唇の紅を際立たせ、見慣れたはずの碧眼がまるで宝石のようだ。目元を淡く染め、照れたように微笑む様もまた息を呑むほどあでやか。
私は、今更ながらに思った。
香耶様は、美しい女人だと。
陶然とした視線の中、彼女は自らの席へと足を進める。
が、彼女がちょうど私のそばをお通りになるときに、着物の裾を踏んで私の懐に盛大に倒れこんだのだ。
「……っ!」
「あ。ごめん三成君。こういう長い着物は慣れてなくて」
身を起こし、顔を覗き込んでくる香耶様。
彼女からただよう花香がふわりと鼻腔を掠め、私の心の臓が何者かに掴まれたようにぎゅっと軋んだ。
香耶様を気遣う言葉も発せずただ呆然とするしかできなかった私を救ったのは、笑いをこらえるような顔をした半兵衛様だ。
「香耶、三成君が固まってしまっているよ。立てるかい?」
「う、ん……なんだか滑る。布が邪魔」
「着崩れてしまいそうだな……少し失礼する」
断りをいれ半兵衛様が香耶様の腰に腕を回し抱き上げると、密着していた温もりが離れた。
「うわわ、竹中さん、見かけ以上に腕力あるね」
「見くびらないでくれたまえ。僕も男だ」
半兵衛様は香耶様を抱き上げたまま、乱れた御髪をなおして差し上げていらっしゃる。
このおふたりが並び立つ様のなんと華やかな光景か……!
そのまま半兵衛様が香耶様を御席へと運び降ろすと、彼女は困ったように苦笑した。
それを私は夢でも見ているような心地で静観していたのだが、ふと先ほどの花香がまだそばにあるような気がして、自分の手を見下ろす。
移り香だ。
「三成、顔が真っ赤になっているぞ」
「……煩い。黙れ家康」
鼓動がどくどくと煩い。ついでに家康も煩い。
香耶様の温もり。香耶様の重み。香耶様の手触り。香耶様の匂い。
思い出すほどに腹の底が震えるようで。
私はあまりの羞恥に手の甲で口元を覆った。
秀吉様と織田信長の間に座し、嬉々とした表情で杯を手にする彼女を視界に入れる。
その姿に、釘付けになる。
「…………っ、」
今更だ……今更ながらに気付いたのだ。
私は、香耶様に恋慕している。
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