17
月神香耶side
随員に三成君と家康君を追加して、小田原城の表御殿のふすまを自分の手で無造作に開けると、そこでばったり織田一家の主と鉢合わせた。
「香耶か。此度はよくやった。盟王月君の名、日ノ本に知らぬ者はおるまいぞ」
「馬鹿言うな。この際はっきりしておくけど、こんな大げさな二つ名考えて広めやがったのはどこのどいつだ」
「ハッ! 余に抜かりなし。これしきでは終わらぬわ」
「やっぱりおまえかおっさん!!!」
口のへらない魔王織田信長に飛び蹴りをかます。
が、受け流されることくらいわかりきっていたので、繰り出された奴の腕を支柱に背へと回りこんで足を払い、畳に引き倒して咽元に座り顎を腿で挟んで締め上げる。ここまでやってやっと溜飲が下がった。
「グゥ……やりおる」
「ふふ……あぁ、なんて羨ましい……!」
え。どっちが? ……なんて今の明智さんにつっこんだら身の破滅だ。きっと。
「織田さん、私に構うよりまず先に貴方の部下をちゃんと躾けといてくんない?」
「ふん。あのうつけは捨て置けい」
捨て置きたいのはやまやまだがあいつに謀反だけはさせねーからな!
この世界の明智さんって、元就とは間逆で自分の享楽のためなら手段も目的も選ばないところがあるからなぁ。それで織田さんと私で定期的にこのひとの相手してメタメタにしてやれば謀反は起こらないんじゃなかろうかと試行錯誤中なのだ。
こんな話、無双の光秀さんには聞かせらんねーわ……。私が怒られる。
織田さんの顔を脚で挟んだまま至近距離で会話してると、誰かに脇をつかまれてひょいと持ち上げられた。
「香耶、いつまで敷居の前で戯れているつもりだ」
「ふふ、君がいきなり魔王を蹴倒すから皆おどろいて固まっているよ」
「豊臣さん、竹中さん」
言われて広間の中を見渡せば、元就も元親も慶次もなんだが別の生き物でも見てるような目でこちらを見ているし、利家公は膝を叩いて笑ってる。じっちゃん……氏政公はむせて咳が止まらなくなってて家臣の方に背をさすってもらっていた。
うへぇ。広間を開けてすぐ織田さんが立ちふさがってたから、周りが見えてなかったよ。
「少々お転婆が過ぎる。盟主に相応しき振る舞いを心掛けよ」
「そんなお転婆を担ぎ上げてんのはあんたらでしょうが……」
心はいつでも一般人じゃ。
半眼で豊臣さんを睨めばすいっと視線をそらされた。
そのまま豊臣勢のエスコートを受け車座の席に連れて行かれる。
上段の間を使わず円座になって座るのは、この場の国主が皆平等だと示すためだ。とはいえ書院造の構造上、上座と下座が出来てしまうのは仕方がない。
そこで上座には会議や宴の場を貸してくれる城の城主(今日の場合は氏政公)を据え、ここからは私が勝手に決めたりくじを引いて決めたりするのだが……。
「……織田さんと竹中さんの仕業でしょう」
連れて行かれた私の席は、入り口からそこそこ遠い上席で、両脇を織田豊臣に挟まれていた。なんだこの重圧感。
「フン! 早い者勝ちよ」
「新勢力に香耶の隣を譲るわけにはいかないからね」
「……わかった。でも次からはくじ引きだから」
私はため息をつきながら自席に座る。が、意外な方角からそれを咎める声が響いた。
「香耶! おぬしには席に着く前にまだやることが残っておるぞい!」
「へ? ……げ」
思わず顔を引きつらせてしまうのは、じっちゃん……北条氏政のお呼びで集まった女中さん達が、やる気をみなぎらせ私の後ろにずらりと並んだからだ。
こ、こりはまさか……!
「盟王月君をそんな徒侍のような格好で宴に出すわけにはいかんからのう」
これでも一張羅である。
「いやいや着飾った私なんて誰も望んでないってじっちゃん!」
「いや、俺は見てえ。な、家康もそう思うだろ」
「元親の言うとおり、ワシも見てみたいな」
そこ! 余計な茶々を入れんな!
周りを見渡せば刺さる刺さる。期待の目線。
豪華な食事と高価なお酒がすぐそこで私を待っているというのに……!
女中さんたちの手でずりずり連行されていく私は、最後の砦とそばに控えていた幸村に視線を向けた。
「……幸村ぁ」
「私も見てみとうございます」
いい笑顔で返された。
ちくしょう……!
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