15

(BASARA)竹中半兵衛side



秀吉の掲げる富国強兵の目標は今も変わってなどいない。理想のためならばどこまでも力を尽くし、何もかもを懸け進む姿勢は賞賛に値する。
そしてそんな彼のために働くことが出来ることを、僕は誇りに思っている。

しかし、香耶と出会って、秀吉や僕になにか変化があったのだとしたら、それは。




「慶次君、出て行ってくれたまえ。このような刻限に女性の部屋に忍び込むなんて非常識極まりない」

「そりゃおまえも同じだろ……」

肩を落とした慶次君は、同時に憑き物も落としたような顔で、今度は香耶に視線をやった。

「悪い、香耶ちゃん。今日は退散するよ。でも半兵衛になんかされそうになったら大声出して。飛んでくから」

「ん」

それってどういう意味だい?

香耶は香耶でなんの毒気も無くうなずくものだから、今度は僕が肩を落とす。
いや、逆に考えればこれは香耶に男としてちゃんと意識してもらえているということだろうか……普段の彼女はそういった危機感に欠けているし。



心中で悩んでいると、香耶が僕の腕をとんとんと叩いた。
ああ、抱きしめる腕に力が入りすぎていたようだ。
身体を離して彼女の顔を覗き込むと……彼女は目をしばしばさせて指でまぶたを擦っている。

どうやら男として意識うんぬんという話ではなく、ただ眠かっただけのようだ。



「君という女は……とんだ天稟だ。他人の機微には鋭いほうだと自負していたが、君が相手だと本当に調子が狂う」

「……伊達さんにもいわれた……魔性だって」

「政宗君とどんな話をしたんだい?」

「うーん……」

本格的にうつらうつらとしてきた香耶に、これ以上の話は無理だな、と悟る。
彼女の手を引き、窓から離れたところに敷いてある布団へと導いて、ちゃんと寝るように促した。



「わたしがほしい、って……いわれた」

「……そう、それで?」

「うぅー……つぎはorthodox methodで手にいれるーって」

「……すまない、訳してくれないか」

「……せい、こう、ほう」

せいこうほう……正攻法か。
つまり政宗君は立派な恋敵になってしまったわけだね。

布団の上で丸まる香耶に、すでに意識はない。単衣の裾から覗く真白の脚を、意識して隠すように上掛けをかけた。



「香耶……僕はもうすぐ大坂城に帰らなくてはならない」

あどけない寝顔を隠す銀髪をそっと払う。

「一時のものだとしても、君の家族でいられて幸福だった」

手覆をはずし、素手で彼女の温かな頬を撫でる。
それだけで心が弾んで気分が浮き立つのだから、僕は相当溺れてる。



「このうえを望んでもいいのなら……僕も、君に名を呼んで欲しかったな」

眠る香耶の唇に、誘われるようにそっと口づければ……、これ以上は許さないとばかりに天井から苦無が一本降ってきて、僕の真横に突き刺さった。

無粋なことだ。小太郎君。感情などないといわれた伝説の君でさえ、今僕に向けるのは悋気の情だろう。
まぁ、本人が気付いていない恋情まで指摘してやるほど僕はお人好しではないけど。恋敵はまだこれからも増えそうだからね。



「…………、」

「、香耶?」

離れようとすると、僕の指を香耶が掴んだ。
起こしてしまったかとすこし焦るが、彼女の空色の瞳はしっかり閉じられていて。
そのまま僕の手に頬をすり寄せるものだから振り払うことなど出来なかった。



それは、やっぱり気まぐれな。

奇跡で。



「…………はんべえ」

行ってらっしゃい。



「……っ、あぁ」

どくりと心臓が跳ねた。

ほんとうに……ほんとうに、君ってひとは……!

僕は反対の手で熱の上がった顔を隠す。

「──魔性だよ……!」



いってきます、だなんて。
照れくさすぎて、とてもじゃないが口に出しては言えないけどね。

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