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前田慶次side



俺が香耶ちゃんの部屋がある小天守に上がったのは、窓から月を眺める彼女を偶然見つけたからだ。

伊達軍が撤退して丸一日。
この日、体調を崩して倒れたっていう彼女に近づけたのは、月神軍の人間だけだった。
でもそれはまぁ、しょうがないことだと思う。
強行突破して会いに行っても、たぶんあの侵入者の忍の兄さんみたいになすすべも無く捕まっちまうだけだ。

だから、城の外から彼女の顔が見えたときは、元気になったんだと安心した。
で、起きてるんならちょっと世間話でもしに行こうと思って忍び込んだ。
意外にも警備は少なかった。俺でも忍の真似事が出来るくらいに。

だけどそれは、あいつが……半兵衛が、わざわざ人を払ったからだったんだと、香耶ちゃんの部屋の前まで来て気付いたんだ。



『ねねは秀吉が手にかけた』



なんて話を、している。
ふすまの向こうから聞こえる声に、俺は耳をそばだてた。



『……それは、美しい話だね』

『美しい、か。君はおかしなことを言う。酷い話だと詰らないのかい? 豊臣は……秀吉は愛を捨てたと。力ばかりで慈悲を持たぬと』



そう。酷い話だよ。
だって、ねねは……ねねは、秀吉に殺されたんだから。

ねねは俺が恋した人で、秀吉は俺の親友だった。ふたりが幸せなら、俺はよかった。

なのに。



『私にはおねねさんの気持ちも、豊臣さんの気持ちも想像するしかないけれど。
おねねさんは彼を恨んでなどいないだろうし、豊臣さんは重い業を背負ってなお後悔はないのだろう』

──それでいい。それもひとつの恋物語だ。



嫌だ。
そんなのって、ないよ。

なぁ、ねね。



聞いていられなくなって、たまらず開け放ったふすまの先で、香耶ちゃんを半兵衛が抱き寄せる。
半兵衛の顔を見て、俺は少なからず驚いた。

なんだよ。半兵衛の奴、前とは別人みたいな目をしてる。

香耶ちゃんに恋……してる目だ。



俺はなんだか、泣きたくなった。



「香耶ちゃん、死んじゃったら幸せなんかじゃないよ。ねねだって……秀吉と生きていたかったはずだ」

「……そうだね。豊臣さんはそんな円満な未来だって選択できたはずだよ……でも」

香耶ちゃんは抱き寄せる半兵衛の胸に身を預ける。
まるで、違う誰かにすがりつくように。どこか遠くを見る彼女が、凄まじく艶やかに見えた。



「私は、彼女のそんな死に方も、うらやましいと思う」

「……なんで、だよ。死んじゃったら、終わっちゃうだろ」

恋も、愛も。



その言葉で、香耶ちゃんの空色の瞳が俺に向いた。

まるで、ねねを見ているみたいだ、なんて。
どうかしてる。錯覚だ。



「だって、私は……喪うことしか知らないもの。一緒に逝きたいと願ったのに……」

その唇が、ここにはいない誰かの名をつむいだ。
きっと大好きだったひとの名を。

ぼろりと、空色の瞳から零れ落ちる涙が。

「香耶ちゃん……」

「香耶、香耶……もういい。もう、」

誰かを想って瞑目するその姿が。
とても綺麗で。



「死は希望だよ。そう思わなければ生きることこそ絶望だ。
愛する人の手にかけられて死ねるなんて、それはきっと極上だったんだろうね」

ねねは確かに死のまぎわ、俺に言った。あのひとを……秀吉を恨むなと。これでいいのだと。

不老不死で、きっと色んなことを経験してきた香耶ちゃんは……。



「慶次。君がおねねさんの遺志から目を背けていては、いつまでも彼女は浮かばれないままだ。
豊臣さんを許せなくてもいい。彼女を悼んで泣き叫んでもいい。……ただ、」



彼女が死んだのは、夫に捨てられたからじゃない。愛されていたから。

それを、君が信じていてあげて。



「…………っ」

それを聞いて。
俺の目から、涙があふれた。






ねね、あんたは幸せだったのかい?
秀吉は……まだ、ねねのことが大切かい?

それならば、俺は。

悔しいけど。すごくすごく悲しいし、やるせないし、腹も立つけど。



それでも許そうと思えるよ。

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