13

月神香耶side



夜。

昼に起きてるより身体が楽なのを自覚して木戸を開ければ、格子窓の隙間から少しだけ欠けた月輪が見えた。
その光は明るくて、部屋の畳にはっきりと格子の影を落とす。

窓際に座り敷居に手をかけ外を見る私の姿は、まるで。



「籠の鳥、のようだね。香耶」



特長のある涼しげな声音に私は振り向いた。

「……竹中さん、こんな時間に」

白い髪、白い肌。白と紫が基調の戦装束を身にまとう竹中さんは、部屋の暗闇にぼんやりと浮かび上がって見えた。
静かにふすまを閉めて、座る私の横に並び立った彼は、今回の戦で自信と指針を取り戻し、すこし雰囲気が逞しくなったような気がする。
ほぼ病の癒えた今でも紫の仮面で素顔を隠すのは、女顔を敵に悟られないようにするためだろうか、なんて心の中で勘ぐった。

じっと竹中さんの顔を見上げる私に、彼は決まりが悪そうに外へと視線を向ける。
不躾だったか……。

「……ごめん」

「いや、好きに見るといい。君に興味を持たれることは光栄だよ」

薄く笑ってそんなことを言うものだから、彼の真意が読めなかった。

知らぬ顔め……。
私が連鎖的に昼間の半兵衛君の所業を思い出してげっそりした気分になってる間に、竹中さんは私と向かい合うように窓際に腰を落ち着ける。

彼が話し出すのを待って、私はまた月を見上げた。



「そんなに上を見上げていると、まるで天に帰る場所があるみたいだ」

竹中さんに視線を戻すと、今度は彼の綺麗な瞳と目が合う。

「月に……何を見ているんだい?」

「……月があそこにあるから見ているだけだ。私は月を眺めることにも月と呼ばれることにもなんの感傷もない」

竹中さんは詩人だね。と茶化すと、彼は私の答えがそんなに面白かったのか、噴き出すように笑った。

「香耶らしい。君のその見た目に似合わず地に足の付いたものの考え方が好きだ」

「恐縮だね」

「世辞で言ってるんじゃないよ。僕は秀吉と君に嘘はつかない」

私が豊臣さんと同列でいいのか……。

私が眉をひそめると、竹中さんは珍しく困ったように微笑んだ。



「……秀吉には昔、奥方がいた」

「おねねさんだね」

「そう。だが、ねねは秀吉が手にかけた」

「それは……殺したということ?」

「そうだ」

私の反応を見て、竹中さんは無双の世のねねはそんな悲壮な最期ではなかったのだろうと視線を落とす。



史実の秀吉の正室、高台院ねねと豊臣秀吉は、この時代では珍しい恋愛結婚だった。これは結婚当時ふたりの身分がそれほど高くなく、ある程度自由な恋愛が可能だったためだとも言われている。彼女と秀吉の間に子は無かったが、彼女は天下人の妻として大きな発言力と高い政治力を有し、人格者で豪儀な性格だった。



「秀吉は天下統一を目指すに当たって、妻のねねが将来自らの弱点となりうるであろうと判断した」

「…………」

確かに、初めて出会った頃、豊臣さんは言っていた。強い国を作るため、己の弱点を排除したと。
それはつまり、自分が愛する妻をその手で殺したことだったのだろう。



「……それは、美しい話だね」

「美しい、か。君はおかしなことを言う。酷い話だと詰らないのかい? 豊臣は……秀吉は愛を捨てたと。力ばかりで慈悲を持たぬと」

「あくまで私の主観でしかないけれど」

呟くように、私は再び夜空へと視線を移した。

「おねねさんが邪魔だったのなら離縁して他に嫁がせればいい話だ。きっと豊臣さんにはそれが出来ただろう。なのに彼女を手にかけたのは、」

語尾が吐息となって消える。



「遺されるより。捨てられるより。……きっと、ずっと幸せだから」



豊臣が愛を捨てたとなぜ言える?

だって、このお話はこんなにも。
哀しい慈愛にあふれてるのに。



「私にはおねねさんの気持ちも、豊臣さんの気持ちも想像するしかないけれど。おねねさんは彼を恨んでなどいないだろうし、豊臣さんは重い業を背負ってなお後悔はないのだろう。それでいい。それもひとつの恋物語だ。
真実、彼が愛を捨てたと嘯くのなら……有能な臣下である君が、とうに愛のない政略結婚でもさせている。そうだろう?」

それをしないのは今でも、豊臣さんの中に忘れえぬものがあるから。



「香耶……君は、」

竹中さんが驚いたように瞠目し、そして私の頬に手を伸ばそうとした、そのとき。
はっと竹中さんが部屋の入り口をふり返った。

同時に、ばん! とけたたましい音を立ててふすまが開く。
意外な人物の手によって。



「そんなの、……そんなのおかしいよ、香耶ちゃん」

「……慶次?」

完全丸腰の私を素早く竹中さんが背に庇い、凛刀の柄に手を置いた。
超刀を手に、まるで手負いの獣のような顔をした慶次から、私を守るように。

「盗み聞きとはいい趣味だ。慶次君」

「竹中さん、……小太郎、待って」

私は凛刀を抜こうとする竹中さんの手に触れて、小声で彼を制した。
今は潜んでいてなんの気配も感じないが、慶次が刀を抜けば彼を始末するため動くだろう護衛の婆娑羅小太郎も。

私の言葉で護衛がいると知った竹中さんは、余裕が出来たのか、脇に立った私の肩を強く抱き寄せた。

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