12

山南敬助side



「みんな、香耶が起きたよ」

「本当かい? 重虎君」

執務室として借りている岩付城本丸の小天守の一室。
事後処理に忙殺されていた私たちは朗報に顔を上げた。



「酷い状態だったからもう少しかかると思っていたけど」

「うん……今も良い状態とはいえないけどね。まだ日の光が苦痛みたい」

「香耶はもともと身体が強いほうではありませんからね。最近は働きづめでしたし疲労も重なって悪化したのかもしれません」

なにより生理直後で気血が足りてないのでしょうねぇ。
私がそう呟けば、隣で三成殿がばさりと書類を取り落とした。

「……山南」

「そんな形相で睨まないでください、三成君」

「……主君が女性ならば把握していて当然か」

竹中君が複雑な表情でそう呟くが、べつに彼女の生理周期を情報として皆で共有しているわけではない。各々察しているにすぎないのだ。

「私はこれでも平成では医者が本業でしたのでね。香耶の体のことは香耶より解かっていますよ」

「月のものが穢れだなんだって言う人もいるけど……。香耶の場合どこか無理してるとすぐに不順になったり重くなったりするから、俺たちは心配なんだよね」

あれほど戦闘に長けた香耶の身体は、思いのほか脆い。それでいて本人は自分のことに無頓着だ。

「とにかく、しばらく香耶が無理しないよう皆で見張っていてください」

私がそう言えば、皆神妙な顔でうなずいた。





香耶ならわざわざ羅刹にならずとも、伊達本陣に侵入することくらいわけなかったであろう。
なにしろ彼女には禍つ風と風の悪魔……無双と婆娑羅の風魔小太郎がついていた。
それを自身が苦しい思いまでして異形の姿を晒したのは、おそらく……。

「敬助君のためじゃないさ……私が自分を過信してへまやらかしただけ」

「君ならそう言うと思っていましたよ」

「あいた!」

髪を掻き分けた香耶の額を軽くてのひらで張ると、ぺちりと音をたてて彼女は大げさに反応した。

「痛いなー」

「熱はないようですね。吐き気や他に変わったところはありますか?」

華奢な腕をとり橈骨動脈に指を当て脈拍を測る。

「特には。なんか疲れてるなーって気がするだけで」

「……そうですか。すこし不運が重なりましたね。五日は安静にして、食療で様子を見ましょうか」

五日も……、と不服そうな香耶だったが、長い付き合いで食い下がっても私の診断が覆らないとわかっている彼女はしぶしぶうなずいた。

素直で結構。



「じゃあ布と針、用意できないかな」

「本当に寝てて欲しいんですがねぇ。もしかして肌着を縫うんですか?」

「うん……木綿と正絹。絹は古着でもいいから染めたやつが欲しい」

「ああ、布ナプキン……」

「やめて! 口に出して言うのやめて!」

聞かれたとしても誰もわかりませんよ。

「まぁ、融通します。ほかでもない香耶の素肌にあてるものですからね。良い反物を取り寄せましょうか」

「やめろ! 私を羞恥で殺す気か!」

蒲団で顔を隠しながら私の膝をぽかぽか殴る香耶。
虐めるのはこのへんにしておきましょうか。心配させた罰、ということで。

それじゃあ夕餉を持ちましょう、と腰を上げようとしたところで、香耶がなにやら言いづらそうに私を見上げ引き止めた。



「それと、あと……小田原の婆娑羅屋に玉鋼の手配を」

その言葉に、自分の眉間に力が篭もるのを感じる。

「甲斐国から同盟の打診が来てる。そうだな……半月後に注文を受けた婆娑羅武器を持って躑躅ヶ崎館に行くからその旨を信玄公にしたためるよ」

「……わかりました。では伴太郎か幸村殿に使いを頼みましょうか」

まったく。
この世界は香耶に充分な休息も与えてくれないようだ。

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