06

月神香耶side



私の右目が義眼なのはたいした問題じゃない。これを失ったのははるか平成の頃。マフィアの人体実験に使われた。
代わりに手に入れた義眼はリングにも使われる宝玉と当時の科学技術の粋を集め作られた貴重なもので、石が含む幻覚死炎が視覚神経を構築している。要は私の死ぬ気の炎をもとにオートで視覚や眼球運動を再現しているのだ。

そのためこの目が作り物だと見破る人はまれだ。私でさえ忘れる。

だが、これが羅刹になると話は変わる。義眼の色は赤く染まらない。
だから伊達政宗は、私の右目が死んでいる、と気付いたのだ。

伊達さんの手が私の顔にかかった髪を払い、指先が右目のまぶたを軽く撫でた。
反対の手はいまだに刀を競り合わせてる。うかつに羅刹を解けば私の頚動脈が逝く。片倉さんを抑えてる小太郎から心配そうな視線を感じた。



「私に関心があるのか」

「関心なんてとうに通り越えてるぜ」

関心を超えた感情とは……?

「今のdollのようなあんたもいいな」

私の顔を撫でながらうっそりと囁く伊達さんの表情は、齢十代半ばの子がする顔じゃない。

「君は私をどうしたいの」

「そうだな……その魔性を俺だけのものにしてえ」

城に閉じ込めて、毎日愛でて。孕ませてみるのもいい。
なんて。取り付かれたように笑う、哂う。



「政宗様、目をお覚ましください! そのような妖に惑わされてはなりませぬ!」

「Shut your mouth. 小十郎。香耶は俺と──」

そして消えた。



私は夜の炎で伊達さんの下から抜け出し、その背後に立つ。
刃を高く掲げ。

「彼の進言は聞いたほうがいい」

「──っ!」

「政宗様!!」

振り下ろし、伊達さんの肩口で止めた。



動きを止めた伊達さんの背に歩み寄り、私は羅刹のままで彼の後ろ頭を兜ごと思いっきりぶん殴った。

がぁん! と景気のいい音を立て、忍緒で固定されていたはずの伊達さんの兜が飛ぶ。



「いっ…てぇ!!!」

「よかったねえ。私が本気だったら拳が兜を貫通して頭蓋が砕けていたよ」

唇に笑みを浮かべて言い放つ私の言葉を想像して伊達さんが青ざめた。

「蒸れた頭がこれで少しは冷えたか? まぁ、現実的な話をすると、私を奥州に連れてったらもれなく月神一家も付いてくる。信繁・小太郎がいればまず私に手は出せないね。小太郎君や伴は黒脛巾衆を調教して乗っ取りそうだし重虎君なら家臣・民心を掌握できる。そして敬助君は私のためなら奥州の国主をすげ替えるくらいしそうだ」

百害あって一利なし。
彼らが本気を出せばたぶん出来る。それぞれがかつて偉大な国主に仕えた有能な武将ばかりなんだから。

「君の奥州が私の奥州にされてしまうよ。私は所領などいらない。面倒。だから君の命は何度も見逃されているんだ」

「おま……」

本気で嫌そうな私の表情に伊達主従は泡を食ったような顔。
その顔のほうが歳相応で私は好きだ。



「目を失った人間が自分だけだと嘆いたか? 親に蔑まれ捨てられた経験が自分だけのものだと? そんな子供、私はごまんと見てきた」

嘆くことは誰にでもできる。

「だが君は、その左目で歩んできたんだろう。君をはぐくみ、護ってくれる存在があるのだろう」

そのなんと幸運なことか。

「見失うな。北の地に君が預かる民があることを。君を愛する人たちに、君が味わった辛酸を舐めさせるな」

君は、人の痛みを知っている。



「っ……ああ。Pardon me. 悪かった」

「ん。いい子」

私は膝をついたままの伊達さんの頭を撫でる。黒褐色の髪は意外なほど指どおりがよかった。

「……やっぱり、いい女だ」

「…………最近それよく言われるな」

「次はorthodox methodでアンタを手に入れる」

「君の火遊びに付きあう気は──、」



どくん。



「……う」

「どうした、香耶」

ここまでだ。
心臓がひときわ大きく脈動する感覚にまっすぐ立っていられなくなって、私は口元を押さえながら伊達さんから数歩下がる。

渇く。思ったより、早い。



「香耶……!?」

「っ、小太郎!」

伊達さんの手を避け声を張り上げると、ふたりの小太郎が私の左右に音も無く現れた。

「あまりもたなかったな」

「過、信した、かな」

背を支えてくれる無双小太郎に、私は自嘲するように笑った。
婆娑羅小太郎から解放された片倉さんが伊達さんに駆け寄る。
私は吸血衝動でぐらぐらする頭を振って、深呼吸して努めて冷静な声を出した。

「伊達さん、後日、使者を。私はしばらく屋敷を、空けるから、名代に氏政公と、月神の人間を」

「…………ああ。温情痛み入る。退くぞ小十郎」

「……は」

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