05
伊達政宗side
「政宗様、包囲を許し御身を危険に晒すなど。あのとき小十郎は後退するべきだと申し上げたはず。陣に戻れたのは運がよかったからですぞ」
「わかってる。悪かった。月神があんなcrazyなもん飼ってるとは思わなかった」
さっきまで気絶してた小十郎が、起きたと思ったらもうこれだ。
その説教を右から左に聞き流しながら、考えるのは月神軍と呼ばれる少数軍団。
囮の策を看破した軍師月神重虎は、かつて稲葉山城の戦で織田、斎藤を蹴散らした男で知勇兼備の武将と名高い。
前線、別働隊を率いた月神信繁は、甲府で俺が刃を交えた一本槍の赤揃えで、今日の戦では忠勇無双の勇士ありと言われた男だ。
同じ甲府で会った赤い髪の忍、風魔小太郎。北条家に仕える同名の風の悪魔とは別人で(っつーか風の悪魔も一緒にいた)、争いを好む狂人らしい。
今日小十郎に怪我を負わせた優男は山南敬助。これまでこいつが戦えるなんて情報は掴んでなかったが予想外のdark horseだ。あの力は……婆娑羅じゃねえ。
まだいるかもしれねえが、わかってる月神軍の武将はこんなところか。
で、こいつらの頂点に立つ月神軍総大将、月神香耶。織田と今川がぶつかった桶狭間の戦では、たった五人の月神軍で二万七千の軍勢を退け、織田・徳川と同盟まで結ぶ終始ありえねえ采配。日ノ本の天下を狙う諸大名にはまさに番狂わせのserious matterで、近隣諸国は緊張を強いられた。
俺がその片鱗を見たのはやはり甲府で出会ったあの事件。
あの時伊達は川中島の合戦への乱入を企て武田領を行軍していた。だがその途中、同じく武田領を少ない供を引き連れ歩く盟王月君、月神香耶に目を付けた俺は、その行く手を阻みbattleをけしかけ……そして負けた。
「我々はまたしても……温情をかけられ見逃されたのでしょうな」
「ああ」
甲府でも。そして今回も。
伊達は眼中にないと言った山南の言葉はきっと嘘じゃねえんだろう。
夜になり篝火に照らされた岩付城を臨んだ。
あれが落ちれば伊達は小田原になだれ込む。その前に香耶は出てくるはずだ。
「……戦はまだ終わっちゃいねえ」
そのときだ。
ほとんどの部下を下がらせまばらになった伊達本陣に降りてくる突風。
それに煽られ篝火が消えた。
これは……!
「政宗様!」
「さがれ小十郎!」
陣張りは周りを見渡せる丘の上や高いところで行われる。ここもそうだ。本陣周辺は極力敵が近づけないよう注意を払ったつくりになってる。
手練の忍でさえ容易に近づけないだろうそれをthroughできる奴がいるとしたら、それは。
「月神軍……っ」
砂も木の葉も巻き上げる強風。木々の音。
それが、一瞬で消えた。
舞い降りる。
音の無い獣。赤い瞳。月光に映える、白い──
「──ガッ!!?」
押し倒された。抵抗する間も隙も無かった。それほどに速かった。
俺の胸元を膝で押さえ右腕を脚で。そうして俺を見下ろすのは昼間見たmonsterだ。だが山南ではない。
月神香耶。
この女も山南と同じmonsterだったのだ。
長い白髪は華奢な身体を覆い、俺の身体にもかかる。
らんらんと血色に光る目は左目のみ。右目は空色のまま……いや、死んでいるのか?
「アンタ……右目は、」
「…………本陣の侵入を許しあげくこうして馬乗りにされているというのに、相手の右目の心配か? ご覧のとおり義眼だよ」
義眼。つまり右の眼窩は空洞か。
俺と……同じように。
「政宗様っ、」
視線をずらせば小十郎が風の悪魔に取り押さえられている。
チッ、一瞬にして万事休すとはな。
「伊達政宗。もう君の所業を無かったことには出来ない。下れ」
「……、俺の要求を呑んでくれりゃあ考えてもいいぜ」
周囲がこの異変に気付かねえかずがねえ。忍が結界でも張ってるのか。
香耶はあいかわらず白髪赤眼のmonsterの姿だが、冷静なんだろう。でなけりゃ最初の一撃で俺の首は飛んでるはずだ。
丸い、満月を背に無表情で俺を見下ろす香耶は、俺の目を強く惹きつけた。
盟王月君。その肩書きを誇るにふさわしい麗姿。高潔で、そして甘ったるい、そんないきもの。
「…………おまえをくれよ、香耶」
速さも力も常軌を逸しているが、所詮女の体重だ。
俺が空いた左手で香耶の身体を押しのけようとすると、それを察し強い力で腕を掴まれる。
そこで手首を返し香耶の手を巻きはずしながら掴み、強引に跳ね起きて自由になった右手で六爪のうちの一本を引き抜いた。
急に身体が浮いて目を見開いた香耶は、俺に腕を掴まれて間合いを取れない。
俺が刀を抜いたのを見て、香耶も左手で自分の刀を半分ほど抜き、その勢いのまま逆に押し倒される。俺の刀が香耶の首をかすめるのを、香耶は鍔元で防いでがちがちと耳障りな音を立てた。
「形勢逆転だな?」
彼女が俺にしたように脚で右手を押さえれば、俺の左手は自由になる。
その手で刀を抜くことも出来たが、俺はいまだ表情を変えずに俺を見上げる女の頬に触れることを選んだ。
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