36
月神香耶side
7月19日に禁門の変で起きた火災は、翌20日になっても燃え続け、六角通りの獄舎のほうへと迫る勢いを見せた。
この六角獄には長州人の政治犯の志士たちが多数収監されている。
彼らが火災の混乱に乗じて逃亡することを恐れた町奉行の滝川具挙は、火が獄舎に及ぶ前に囚人達を全員処刑するという非情な行動をとるのだった。
この六角獄の悲劇では、獄中のものを新選組が槍で刺し殺して回ったなどと根も葉もない噂が立つことになる。
(一部抜粋:「いっきにわかる新選組」著 山村竜也 PHP)
私は御所を出た後、火災による避難民を確実に安全な場所まで誘導した。
その後火災が起こっている場所を迂回して、町奉行の滝川播磨守が囚人処刑の決断をする前に六角獄へと赴いた。
「――囚人どもを火災の前に釈放するですと?」
「ええ、このまま刑の確定していない囚人たちまで処刑してしまえば、滝川殿は京都守護職、会津中将殿の怒りをかってしまいますよ?」
私の言葉に滝川殿は眉間をしかめる。
「しかし、ここの囚人は禁裏に弓引く逆賊にかかわる国事犯ばかりですぞ。奴らは自分が正しいのだと信じて疑わない。釈放して獄舎に戻ってくるだなどとは思えません」
「彼らが明日、定められた刻限までに奉行所に出頭しなければ刺客を放ち始末します。それまでの半日、彼らに執行猶予を与えてはくださいませんか?」
「だ、だが囚人は三十人以上いるのですぞ? 奴ら全員の足取りを把握し刺客を放つなど…」
「そこからは京都守護職の命を受ける私の仕事ですよ」
「ぐっ……わ、分かった。ではそのように…」
最終的に身分を笠に着れば滝川殿は折れた。
私の目的は、正当な理由をもって囚人達を始末することだ。これで新選組が身に覚えの無い不名誉をこうむることはなくなる。
滝川殿が配下と共に獄舎の鍵を開けている間、私は人気の無いところでゼロを呼び出す。
「ゼロ、話は聞いていたね?」
『分かっています。解き放たれた囚人達の居場所がわかるよう、マーキングすればいいのですね』
「うん。囚人達がここを出たらすぐ始末してまわるよ」
『半日待つんじゃないんですか?』
「彼らが長州軍に合流してしまうと始末が面倒になるからね…。彼らが獄舎に戻ってくるのは、遺体になったとき、だよ」
こうして私は、釈放された囚人達をゼロの魔法で追いかけて、三十余名を暗殺して京中を駆け回った。
できうる限りの後始末をゼロに任せて、私が屯所に帰るころには、返り血で全身が真っ赤に染まり疲労困憊だった。
こんなに疲れるなんて、すこし自分を過信しただろうか。
屯所には何とかたどり着いたものの、部屋にまで戻る気力は無く、屯所の塀際に膝をついて、倒れこむように眠りについた。
(香耶さん!)
意識を失う瞬間に、どこか遠くで 必死に私を心配だと言ってくれる あの子の声が、聞こえたような気がした。
← | pagelist | →