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沖田総司side
土方さんは蛤御門、公家御門、天王山へ隊を分けた。
僕は、本当は香耶さんも接触したであろう京都守護職に挨拶に行く近藤さんについていきたかったけど、戦力として天王山に振り分けられた。
しかし天王山へ敗走する長州兵を追いかけて走る途中で、とある人物と再会することになる。
「その羽織は新選組だな。相変わらず野暮な風体をしている」
「風間……千景!」
池田屋で香耶さんを傷つけた、あの浪士だった。
新八さんが、千鶴ちゃんと隊を率いて天王山へ先行する中、僕と土方さんはその場にとどまり風間と対峙し続けた。
しかし刃を合わせても一太刀も入れられることなく、この戦いは薩摩藩の介入で終焉を迎える。
僕達は先に行った新八さんたちと合流し、長州兵たちが天王山で切腹して果てたことを知った。
けれど長州兵の中には逃げ延びたものもいて、彼らは京の町に火を放った。いや、薩摩が長州藩邸に放ったのだという話も聞く。
まあどっちにしろ折悪しく北からの強風にあおられた炎は瞬く間に京の市街を嘗め尽くした。
その後、僕達は御所から来た近藤さんたちと合流する。その中に、屯所警備と香耶さんの監視を任されていたはずの山南さんの姿があった。
「山南さん! 何でここにいるんだ。……ひょっとしなくても、また香耶がなんかやらかしたんだな?」
土方さんのその言葉に、山南さんと事情を知っている近藤さんは、微妙な表情の顔を見合わせる。
「トシ、香耶君が守護職に、新選組の御所援軍を掛け合ってくれたことは覚えているだろう?」
「ああ、伝令が香耶のことを会津屋敷のお庭番だったと…」
土方さんの言葉に山南さんがうなずいた。
「香耶君が会津中将殿と親しくしている様子は、この目でしっかり見てきましたよ。会津の藩臣にもおおむね歓迎されているようでした。香耶君が会津にいたころは“月の女神”だなんて呼ばれていたこともあったそうですね」
まぁ、香耶さん、名字が“月神”だもんね。
香耶さんが山南さんと一緒に来たのだとしたら、なぜここにはいないのだろう。なんだか嫌な予感がして、僕は山南さんに彼女の行方を尋ねる。
「それで、香耶さんは?」
「それが……」
山南さんは一度瞳を伏せて、意を決したように口を開いた。
「諸藩の兵らと共に火災で焼け出された避難民の誘導を。それから、六角獄へ町奉行と囚人たちの対応に向かいました」
六角獄?
それを聞いた僕たちは首をかしげる。土方さんが煙の上がる町の方角を見やって顔をしかめた。
「あそこは今、国事犯でいっぱいだぞ。どうするつもりなんだ あいつは」
普通の囚人ならば、火災の場合一時的に釈放され三日以内に決められた場所に戻ると罪一等を減じられる。
けれど今あそこにいるのは、この事件にも関係しているかもしれない政治犯たちだ。桝屋襲撃で捕縛された古高もあそこにいたはず。
そいつらを釈放することができるだろうか。それどころか火災で逃亡なんかされたらまずいことになる。
「あのやろう、やっぱり勝手なことしてやがるじゃねえか」
そうだね。無事に帰ってこなかったらただじゃすまさないよ。
「総司…物騒な雰囲気が漂ってるぜ」
「香耶のことだから、きっとけろっとした顔して帰ってくるだろ」
「そうだ。今は己の務めを果たすことに集中しろ」
「分かってるよ…」
みんなにたしなめられて、僕は町の煙から視線を離した。
僕達はこのあと敗残兵を追走して京を離れることになる。
しかし、いったん屯所に戻ったところで、
屯所の外に全身血濡れの香耶さんが倒れているのを隊士に発見されたのだった。
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