34

月神香耶side



私はみんなが伏見奉行所に向けて屯所を発った後、京都守護職会津中将へ拝謁を請う書状をしたためて、敬助君に会いに広間へと向かった。


「……やはり行くのですね」

「私は松平容保公に個人的に気に入られているからね。だからほいほい会えるんだよ。敬助君、君も一緒に来るかい?」

「私も会津中将殿に謁見するのですか?」

「歳三君の命令、覚えてないの? 私を監視するんでしょう? だったらついてきなよ」

「………しかし禁裏付近は戦場になるかもしれないでしょう。私は足手まといになりませんか?」

敬助君は動かない左腕をさすって自嘲の笑みを浮かべる。
私はそんなことは問題じゃないと肩をすくめた。

「新選組は現在会津藩の予備軍らと共に九条河原に布陣している。しかし伏見街道の長州勢は明日の未明には敗走してしまう。嵯峨方面からの敵の侵攻のほうが厳しい。このままでは新選組は活躍の機会がないままだ。そこで私たちは新選組を統べる会津中将、この戦を指揮する禁裏御守衛総督に、禁門の戦闘への新選組投入を推挽する。そこに総長の肩書きのある君がいてくれたら事が運びやすかろう。さて、君はどう出るべきだと思う?」

刀を振るうだけじゃない。敬助君には敬助君のやりかたで戦ができる。
私の不敵な笑みを見て、彼は瞠目したあと仕方がないといったふうに小さく笑った。

「まったく、貴女というひとは……。分かりました。では藤堂君に屯所の守備を任せて私たちは禁裏へと参りましょう」

こうして私と敬助君は、新選組よりも先に御所へ向かうことになったのだった。



蛤御門で会津藩兵に取り次いでもらい、時間はかかったが会津中将に謁見できることになった。(ここであった藩士らとのひと悶着は割愛させていただく)
私たちは近習に従い控えの陣に通され、暫時待った後に目的の人物と会うことができた。

「やあ月の女神じゃないか。久しぶりだな。私に愛に来てくれたのか」

「お久しぶりだね容保公。
会・い・に、来たよ」

「………」

容保君はまた何か患っているらしい。床に臥せっていた彼だったが、私が会いに来たのだと聞いて、少しがんばってくれていたようだ。上に立つ者が病弱で困る。

容保君とは、昔 私があちこちの学問所で臨時の師範をしていた時期に、会津で招かれて会ったのが初めてだった。
……歴史を知る私があえて仕組んだ出会いだった。

武術、語学、算術に精通し、南船北馬で情報通の私を欲して傍に置こうとしたが、私には誰かの家臣になるつもりは毛頭無く、仕方なしに短期間日雇いで庭番をするという契約でお世話になっていた。はじめは冷ややかだった国老中たちにも徐々に信頼されていったが 契約内容を完遂すると、藩臣になれだの側室になれだのうるさい彼らを振り切って、私はさっさと旅立っていってしまったのである。

「こちらの書簡は読んでくれた?」

「うむ。そなたが新選組に身を寄せていることを知って、驚いていたところだ。しかし蛤御門ではもう決着が付く。新選組を禁門の応援に向かわせるというそなたの提案に意義はあるのか?」

「もちろんだとも、ねぇ? 新選組総長、山南敬助君」

「はい」

話を振られて敬助君は深々と頭を下げた。

「我々新選組の存在意義は徹底した武力行使による尊攘派の弾圧でございましょう。未だ長州軍が抵抗を続ける御門の援軍、付近に潜伏、敗走する長州兵の追討は我々にお任せくださいますよう。我々が確実に成し遂げてご覧に入れます」

うなずいて私も続ける。

「火災にも気をつけたほうがいい。ここ数日京は日照りが続いているし風が強い。放火なんかされたらひとたまりも無いよ」

容保君は少し考えるそぶりを見せた。

「…そなたらの言い分を聞こう。しかし代わりに香耶が私の奥に輿入れしてくれると言うなら…」

「しばくぞこら」

「すまない冗談だ」

こんなやり取りに敬助君は唖然とした様子だったが、傍に控える顔見知りの老中たちは慣れているので平然としたものだ。中には懐かしそうに目を細める者もいた。


「じゃあすぐに伝令を立てよう。それから私は行くところがある。山南君はこの後新選組に合流して」

「…どこへ行かれるのです?」

敬助君の疑問は最も。
私はにやりと笑って、一言答えた。

「六角獄へ」

| pagelist |

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -