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月神香耶side



元治元年(1864年)7月

池田屋事件で長州藩士を中心とする尊皇攘夷派の志士が多数討たれたことにより、来島又兵衛、久坂玄瑞ら長州の攘夷強硬派は激昂し、京に向けて出兵する。彼らは山崎、嵯峨、伏見などに入り、陣を構えた。
これに対し幕府も兵を挙げ、諸藩が御所の防衛に当たった。7月19日、長州藩兵は蛤御門付近で会津・桑名の兵と衝突。激しい戦闘の火蓋は切られる。
禁裏の御所で繰り広げられたことから「禁門の変」あるいは「蛤御門の変」と呼ばれることになる。
(一部抜粋:「時代が動いた!幕末・維新」主婦の友社)



「失礼します」

私と千鶴ちゃんは幹部全員分のお茶を手分けして入れて、広間に入った。

「これまさか香耶が淹れたのか?」

「まあね。私のお茶が飲めるなんて光栄でしょう、左之助君」

「確かに珍しいけどおまえ幹部の小姓だろ。これが仕事のはずじゃねえのか?」

「そういえばそうだった」

「おいおい」

「すっごくおいしいよ、香耶さん」

私と左之助君の会話に、総司君が有無を言わせない笑顔で割り込んできた。

……まあ私も伊達に長生きしていないからね。
煎茶に玉露、ほうじ茶、番茶に香茶に大福茶、茶と付くものの淹れ方は心得ている。自分がおいしくいただくためにね。



「会津藩から正式な要請が下った。只今より、我ら新選組は総員出陣の準備を開始する!」

近藤さんの言葉に、おお、と広場がにわかに沸いた。

「はしゃいでる暇はねえんだ。てめえらも、とっとと準備しやがれ。……ったく…。てめえの尻に火がついてから、俺らを召喚しても後手だろうがよ」

歳三君には同感だ。新選組のみんながかっこよく活躍するのを見るのは、私の楽しみになっているから。
うんうんとうなずいて今度の禁門の変に思いをはせていたところで、敬助君が盛大に水を差してきた。

「月神君と藤堂君は、屯所で待機してください。不服でしょうが、私もごいっしょしますので」

な、なんですと!?



「香耶さん、けが人はおとなしくしときましょうね?」

「痣くらいで大げさすぎるよ。池田屋から一ヶ月は経ってるっていうのに……」

総司君はあれからというもの過保護が輪をかけて酷くなった。
あぁ、でもあの怪我が打ち身でよかった。切り傷だったらまずいことになってたよ。


ところで、総司君が池田屋で喀血するってシナリオはどうなってるんだろう。
いやまあ労咳なんてかからないに越したことはないのだけど。
しかしこの子がぴんぴんしてるおかげで、私の知るシナリオと違ってきている。
この子は禁門の変不参加のはずだったのに。


「そういえば、千鶴ちゃん。もし新選組が出陣することになったら、一緒に参加したいとか言ってたよな?」

「……え?」

「おお、そうだな。こんな機会は二度とないかもしれん」

新八君や近藤さんの計らいで、千鶴ちゃんはこの出陣に同行することになった。
千鶴ちゃんが行くとなると……すこし嫌な予感がしてきたな。池田屋にいた鬼達は来るだろうか。今度こそ千鶴ちゃんの存在に気付くかもしれない。

私が考え事に耽っていると突然歳三君がこちらをにらんだ。

「香耶、また一人で来ようなんて思うなよ」

「うぐっ………わかった。伏見には行かないよ」

伏見奉行所には行かないけど…



「意味深だね。どこかには行くつもりなんだ?」

私は総司君から顔を逸らした。



「はぁ……山南さんは香耶の見張りも頼む」

「な、なんてことを!」

「わかりました」

敬助君に頼むなんて卑怯な! 歳三君の鬼!
こうして私は屯所を発つ新選組隊士たちを指をくわえて見送るはめになったのだった。

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