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雪村千鶴side



「香耶さん、逢引しようよ」

「出会いがしらに何を言っているのかな君は」

沖田さんのからかいを込めた急接近にもあの冷静な反応………いろんな意味で香耶さんはすごい。
沖田さん、道のりは険しそうです。

私は心の中で合掌した。
私たちに外出許可が出た日のことだった。




「おまえに外出許可をくれてやる」

と言われて、沖田さんの一番組の巡察に同行したのが今日の昼間のことだった。
浪士と小競り合いが始まって、人の波に流されてしまって、気付いたら桝屋の前で…
あれよあれよと言う間に大捕り物が始まってしまった。

山南さんにこってりと怒られたあと、夜の討ち入りに向けて皆さんは慌ただしく準備をしていた。
私は近藤さんに、一緒に来るかと誘われて、伝令役を引き受けることにしたのだけれど、香耶さんは討ち入りに参加するのだろうか。

そう思って香耶さんを探していたら、廊下から無表情で彼女が歩いてくるのが見えて、どきりとした。だって彼女はいつも穏やかな笑顔を浮かべているのに。しかし私の姿を認めると、ぱあっと花の咲いたような笑顔になった。

「千鶴ちゃん、なんか食べるもんないかな」

こんなときでもそれなんですね。さっきおにぎりを配ったじゃないですか。
呆れながらも二人で勝手場に行き、彼女は残り物の冷やご飯をお茶漬けにして食べていた。


「ありがとう。今夜は長丁場になるからね」

言いながら上機嫌に勝手場を出て行く香耶さんの後姿を眺めながら、今夜のことを、聞き忘れた事を思い出した。
でも今夜は長丁場になるってことは、行くつもりなんですよね?



後片付けをしていると、勝手場をひょいと覗いてくる人がいた。

「千鶴ちゃん、香耶さん知らない?」

「沖田さん! 香耶さんならさっきここでご飯を食べていかれましたよ」

「あのひとはまったく………」

そう言いたい気持ちは分かります。
沖田さんはあきれたように息をついて肩を落とし、そして渋面を作った。

「香耶さん、自分も桝屋に行きたかったってすねてたから……」

「あぁ、はい……私も聞きました。今夜の討ち入りでも無茶なさらないといいんですけど」

「え!?」

「え?」

私の言葉に沖田さんは勢いよく顔を上げる。私は彼に壁際まで詰め寄られた。


「香耶さん、行くって言ったんだね。どっちに行くって言ってた?」

「そ、そこまでは………ただ『今夜は長丁場になる』としか」

「ああもう!」

「す、すみません」

業を煮やす沖田さんに思わず謝ってしまった。
でも、ふと思い出したことがある。


「そういえば…今日は朝からずっと山南さんのお部屋にいらっしゃったみたいですよ」

そう、さっきも山南さんの部屋のほうから、香耶さんはやってきた。


「山南さんのところにいるのかもしれない…」

呟くように言って、沖田さんは勝手場を出て、来た道を走って戻っていった。


はぁ、嵐が過ぎたみたいだった…
でも、それだけ香耶さんが心配なんですよね。あんなに慌てた表情の沖田さんは見たことがないもの。
私が勝手場から廊下を眺めていると、今度は平助君が覗き込んできた。

「千鶴ー。総司見なかった? あ、なんか食ったの!?」

「平助君! こ、これは香耶さんが!」

今日は千客万来みたい。
しかし結局、沖田さんは香耶さんに会えず仕舞いで屯所を発つことになったのだった。

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