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月神香耶side



元治元年(1864年)6月5日

桝屋喜右衛門こと古高俊太郎の捕縛により激昂した長州志士らは長州藩邸に集まり、その日のうちにかねてからの烈風の日を狙った焼き討ち、さらに新選組屯所襲撃等を計画する。しかし宮部鼎蔵、吉田稔麿らはその軽挙を慰留させ、その善後策を話し合う場を池田屋に設けた。

一方古高の自白により会合の情報を掴んだ新選組は、会津藩との合同出撃をひそかに整え集合場所の祇園会所にいた。しかし約束の刻限間近になっても現れない会津勢に痺れを切らせ、単独出動に踏み切った。

新選組の名を幕末史に刻む、池田屋事件。私は歴史が動く瞬間に立ち会おうとしていた。
(一部抜粋:「新選組と土方歳三」双葉社)



現在、私は単独で、池田屋向かいの商家の屋根上にいる。
眼下には近藤さんたちがいて、池田屋の様子をうかがっていた。

「さすがに、これはちょっと遅すぎるな」

「近藤さん、どうします? これでみすみす逃しちゃったら無様ですよ?」

うん、私もそれは困る。つまらないもの。


「雪村君。少し、池田屋から離れていてくれるか」

「え………?」

近藤さんは千鶴ちゃんを下がらせた。
いよいよ池田屋突入だね。



「会津中将お預かり浪士隊、新選組
───詮議のため宿内を改める!」



うわかっこいい。

私は屋根から、千鶴ちゃんのすぐそばに飛び降りた。

「きゃ……!?」

「千鶴ちゃん、こんな格好してるけど私だよ」

驚いた千鶴ちゃんが悲鳴を上げかけるのを、私は唇に指を当ててなだめた。

私の格好はというと、銀髪を錏(しころ)頭巾で隠し、瞳の色をごまかすよう鉢金を深く被せている。普段はかない錆色の袴(着け方は自己流だけど)の股立ちをとり、敬助君から借りただんだらの羽織、そして具足で体型をごまかしていた。

なぜこんなことをって? だって池田屋には知り合いの気配がびんびんしてるからね。
ああいやな予感がする。


「千鶴ちゃんは場が収まってきたら裏庭に回って。けが人が出る………はず」

言いながら彼女に薬箱を手渡す。彼女は目を白黒させていた。

「君の事はゼロが守る。いいね」

『香耶さん…僕は貴女のほうが心配なんですけれど』

「ひゃ!!」

千鶴ちゃんの背後から急に現れたゼロに、彼女は面白いくらい驚いてくれた。
可愛いなぁ。
なごんでいると、背後の池田屋から近藤さんの鋭い声が耳に届いた。



「御用改めである! 手向かいすれば、容赦なく切り捨てる!」



「私は行かなきゃ。御免」

心配顔の二人を残し、私は身を翻した。


私は三条通り沿いの入り口から入って向かい来る敵をなぎ倒しながら、まっすぐ近藤さんを追いかけて裏庭へと向かう。
途中新八君に会ったから、中庭にいる平助君のところに行けと大声で叫んでおいた。

池田屋のつくりは一般的な町屋のそれと同じように、間口が狭く奥行きが長い。私はそれを走り抜け、裏庭へと飛び出した。
そこで近藤さんを囲んでいた浪士たちを片付けて、挨拶もそこそこ、塀を伝って二階の屋根に上がる。
今度は総司君がいるであろう、三条通り側の部屋へと、またも二階の奥行きを走り抜けたのだった。

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