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月神香耶side
あれから何度かこっそりと時渡りにチャレンジしてみたけど、やっぱり私の望む世界には行けなくて。
私がこの幕末の世界に来て十余年。いくら歴史を知っているといったって、それこそ学者並みに知ってるってわけじゃないけれど、その知識とここで起こる出来事がかみ合わないときがある。それは『鬼』のことや、『羅刹』のこともそうだけど、もっと知識の根幹を揺るがすようなこと。例えば、私が教科書で知る歳三君たちの容姿や年齢と、実際の彼らのそれとは多少のずれがあることとか。
もう少しここから先の世に渡れれば、もっと事細かに歴史を調べてくるのに。そう思ってるときにかぎって、関係ないところに着いたりしちゃうんだ。
ああ、肺結核の薬も欲しかったな。
だけどあんまり時渡りを繰り返して、籍が別の世界に移っちゃうのも困る。本末転倒。
今はまだここにいたい。
仕方がないので私は未来に行くことを諦めて、別の方法を模索することにした。
「部屋にいるかな? 山南君」
「……月神君ですか?」
私は最近山南君といる時間が増えた。
「この前借りた本だけどね、分からない字があるから聞きに来たよ。それと、今日は別に相談事があって」
「いいですよ。こちらへどうぞ」
訪ねたわけを話せば、穏やかに招き入れられ座るように促される。
山南君は腕を負傷して以来、人付き合いを避けるようになった。
部屋にこもりがちなので会いたいときに会える。そこだけは都合がよかったが。
やっぱり頭のいい人とおしゃべりするのは、普段とまた違った刺激があっていいものだからね。
「そうだ、山南君。君のこと名前で呼ばせてくれないか」
「まさか相談事とはそれのことですか?」
「いや、これは私からの些細なお願い事」
「そうですか………人前では呼ばないようにしてください」
「ありがとう敬助君…ふふっ」
私が嬉しそうに笑うと、敬助君は一瞬目を見開いて、微笑み返してくれた。
「それで、香耶君、相談事とは?」
あ、名前で呼んでくれた。
「うん、四条にある薪炭商 桝屋襲撃の際には私も連れて行って欲しい」
「な……!?」
敬助君は顔色を変えた。
それはそうだろうね。桝屋偵察は、私は知らないはずだから。
「………なにが目的ですか?」
さすがに敬助君は慎重に言葉を選んでくる。
目的か………
「私がこの世界にとどまる根本的な理由は『興味がある』からだよ。君たちに関わる私の発言や行動はそれに準じる」
「貴女がこの世の者ではないような言い方をするんですね」
「そう。そうなんだよ。この話は信じてもらわなければならない。私は行く先々の世界で、その世界がたどるはずのシナリオ…歴史を引っ掻き回してきた。友達になったひとや、恋人になったひと、家族になったひとたちを救うために。
なかなかうまくいかないんだけどね。運命を変えるのは難しくて」
敬助君の大事な右手をとる。彼は警戒したけど拒まずにいてくれた。
私たちは互いの瞳をじっと合わせる。これでいい。
私は敬助君を連れて、時空を渡った。
「………!!!」
「それでも私は、それをやめない。今の世界でも。大事な人たちをみんな救う歴史を作りたい。君たちのためじゃなく、私自身のために」
轟音と強風の中で、私の声だけが大きく響く。
「私がそこで生きて、死ぬために」
そして浮遊感。
「敬助君………どこに着くか分からない…から、守ってね」
時を渡った私は眠りについた。
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