19
月神香耶side
そういえば、私は昔、綱道君に会ったことがある。
と言ったら。
「何だと!?」
と、歳三君が目をむいて驚いていた。
ああ、やっぱりあのヴァンパイアたちに関係あったんだ。だからあんな研究はおやめなさいと言ったのに。
里が滅ぼされたあと幕府について研究を続けていたんだね。しかもあれに“羅刹”と名前までつけて。ほんとに困ったおひとだ。
それに千鶴ちゃんは…十数年前になるけど、里で私に会ったことがあるのを覚えていなかった。仕方ないのかな。あんなことがあったんだし。
本当のご両親のことまで忘れてしまっているのは悲しいことだけど、つらい記憶をわざわざ思い出させることはない。私は彼女に、過去のこと、綱道君のことを黙っておくことにした。
私は勝手に厨で入れたお煎茶(来客用のいいやつ)を持って、千鶴ちゃんと私の部屋に向かった。この前総司君に買ってもらった豆大福もつけて。
「ちっづるちゃーんあっそびましょー」
部屋のふすまを開けようとした瞬間。
「にゃーんっ!!」
「ぎゃあああああ!」
がらがしゃんっ!!
「きゃあ!! 香耶さん!?」
猫に側頭部を体当たりされてお盆を持ったまま縁側に倒れこんだ。
び…びっくりしたぁ! 熱湯が鼻先をかすめたよ! いくら治りが早いといったって火傷はいや。あの痛みはトラウマになる。それに生産性がないもの。
千鶴ちゃんに手を引き起こされながら私は嘆いた。あー、良いお茶なのに。もったいない。
猫を追って、どたばたと廊下を走ってくる烝君、総司君、一君にもその様子をばっちり見られていたようだ。
「香耶さん大丈夫!?」
「香耶!!」
「危なかったですね。それにしても今の猫…」
何か言いたそうにしている烝君からは視線をそらした。
そうだよ。あれさっき私と遊んでた猫だよ。
君があの子の機嫌を損ねたせいだ。それでオイタをしたんだよ。
そうに決まってる。私のせいじゃ………ないこともない…こともない? もういいや。
そうしているうちに猫を捕らえるべく幹部達が集まってきた。
「んじゃ、作戦会議しねえとな。二人とも、この部屋借りるぜ」
そう言って私と千鶴ちゃんの部屋に入っていく永倉君。それに平助君と原田君、そして一君が賛同して入っていった。
「千鶴ちゃん、この後始末は私がやるから、君は彼らを手伝ってあげてくれないかな」
「で、でも…」
「そのかわり烝君をこっちの手伝いにちょうだい」
烝君が半眼で私を見たけれど無視。
「………わかりました香耶さん。私、がんばります!」
千鶴ちゃんは覚悟を決めた顔で、みんなのいる部屋に入っていった。
「ねぇ、香耶さん、何で山崎君なの」
ん? 総司君はなにを不機嫌そうにしてるのかな?
「烝君には私への貸しがあるからだよ」
「俺はあれを貸しだなんて言いましたか! どちらかというと貴女が俺に貸しを作っているでしょう」
「それはさっきの猫の件のことかな? 私は別に黙っていろと言った覚えはないし、そもそも君らには私を不条理に拘束しているという大きな借りがあるのだよ?」
ふてぶてしくああ言えばこう言う私に烝君は、はーっとため息を吐いて、ついに観念のほぞを固めた。
「………………手伝わせていただきます」
「と、いうわけだよ、総司君」
「………そう」
総司君も微妙な顔で納得した。
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