四
沖田総司side
香耶さんとの生活は、ほのぼのと過ぎてゆく。
この人の話は面白いし、料理もおいしい。
いつも目の届くところに彼女がいる。
「食事の量が多くなってる」
そのことに気が付いたのは、この隠れ家に来て一週間後のことだ。
「君の食事は毎日ちょっとずつ増やしてるよ」
「……そうだったんだ」
こともなく言いのける香耶さんに、少し感心した。
あいかわらず咳は出るけど、いままで無かった食欲が少しずつ回復してるんだから。
「ねえ。僕はいつここを出られるようになるのかな」
「私にそれを聞くの?」
香耶さんは箸を置いて苦笑する。
「治るまでここを出るべきじゃないね」
それ以上は何も言わなかった。
その晩、布団の上でごろごろしながら本を読んでいたら、どこかから笛の遠音が聞こえてきた。
誘われるようにふらふらと起き上がり、音のほうへ向かうと、裏庭の縁側で夜空を見上げる香耶さんの姿を発見する。
きらきらと光を反射する、白銀の髪。
香耶さんは、金色に輝く月を見上げて、草笛を吹いていた。
聞いたこと無い音楽。
高く低く、心を打つ旋律。
どうしてだか、僕は新選組で刀を振るっていた頃のことを思い出す。
目の前の景色はとても綺麗で。
血で汚れた僕の記憶は、ほんの少し、救われる気がした。
ふと、音楽がやんで、僕は我に返る。
「ごほっ、げほ」
「香耶さん!」
口を押さえて前のめりに倒れていく彼女の身体を、僕は夢中で支えていた。
「こふ……そうじ、くん…?」
「香耶さん、体が冷えてる。いつからここにいたの」
そういえば、このひとも労咳だったんだ。忘れてたけど。
「月が……」
「月?」
「あのひとに似てるから、っ」
「あのひと……?」
月が誰かに似ていると、彼女はそう言ったんだ。
それって、あたりまえだけど、僕のことなんかじゃないよね。
もし僕のことだったら、あんな儚げな表情で月を見上げるはずがない。
そして十中八九、その月に似てる人は、香耶さんの大切な人なんだろう。
たぶん、男なんじゃないかな。
そう自分で想像して、なぜか気分が重くなった。
立ち上がる彼女に手を貸そうとするけれど、やんわりと拒まれて、僕は部屋に帰っていく彼女の後姿を見つめることしか出来なかった。
ふと、縁側に放り出された小笹の葉を拾い上げる。
さっきまで、これが彼女の唇に当てられて、音を奏でていたんだと。そんなことを考えてしまう。
僕も彼女がやっていたように、その葉を唇に当てて息を吹いてみるけれど、ちっとも音は出なかった。
月が僕を笑った気がした
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