15
土方歳三side
俺の知る限りじゃ月神香耶という人物はとんでもない自由人だ。
人の言うことなんか聞きゃしねえし。用もねえのに飯だ飲みだとうるせえし、用があるときゃいやしねえ。いつもどうやってと思うほど正確に行く先々で待ち伏せてたってのに。そんでふらっとどこかへ遊びに行ったと思ったら面倒ごとに首を突っ込んでやがる。
まあ初めてあいつと出会ったときは、あいつのそういうところに救われたってのもある。
斎藤もそうだったと言ってたな。
しかし総司もたいがい難儀な性格してやがるが、香耶は別格だ。
敵に回すと厄介だが、味方にしても厄介なんだ。
だまってりゃ稀に見る美貌の女なんだが…
その香耶と、もう一人の目撃者を別々の部屋で寝かせ(言うのも癪だがゼロは香耶と同じ部屋だ)事情聴取のため朝を待った。
早朝、幹部が集められ、目撃者の尋問が行われた。
目撃者の一人、雪村千鶴は、現在行方不明になっている羅刹研究の第一人者雪村綱道の娘だと分かった。
あの蘭方医の娘とありゃ殺しちまうわけにもいかねえ。
誰かの小姓にすればいいなんつったら、総司に近藤さん、山南さんにまで畳み掛けられて俺の小姓にされちまった。
さて雪村の処遇は決まったが、問題の大仕事が残っている。
香耶だ。
「土方さん、もう一人いるんじゃなかったっけ?」
「そうそう、こんどはすんげえ美人のねえちゃんだって?」
平助や新八の台詞に俺は額を押さえた。
誰だそんなこと言ったやつは。見た目にだまされるな。
「一人ではない。なにやら影のような護衛と一緒だった」
斎藤の言葉を聞いてゼロの顔が脳裏に浮かぶ。
影か…言いえて妙だな。
「そうだったのか!? それは早く会ってみたいものだな」
いや……近藤さん、あんたの知ってる奴だ。
「それじゃ、呼んでくるか」
「左之さん待ってくださいよ。僕が行きます」
皆の喧騒に興味をひかれたか、左之助が立ち上がり、総司もそれを追う。
おいお前ら下心じゃねえだろうな。
あいつらだけじゃ心配だ。いいように化かされる。俺も二人についていくことにした。
部屋の前にいた見張りの島田を下がらせて、ふすまの前から総司が声をかける。
「香耶さーん、時間だよ」
しかしふすまの中からは何の物音も聞こえない。
「香耶さん?」
「……逃げ出したってこたねえだろうな」
「そんなわけないじゃないですか。………でも香耶さんなら勝手にご飯を食べに出るくらいのことはやりそうだけどね」
大いにありうる。あいつは華奢な身体のくせしてけっこうな健啖家だからな。
いやな予感が俺にふすまを開けさせた。
すぱーん!
「「「………」」」
「すーすー」
香耶は幸せそうな顔で寝ていやがった。
よかった………じゃねえよ!
ちょっと待て。寝てるこいつは野生動物並みに気配がしなかった。だというのに俺らがこんなにそばで騒いでても起きねえのはなんでだ。警戒してるんだかしてねえんだか分からんやつだな。
警戒といえばゼロはどうしたんだ。
………どうせまた影に隠れて視てるんだろうと思うんだが。
とにかく目の前でのんきにくうくう寝てるこいつをさっさとたたき起こして、幹部どもの前に引っ張りださねえと、
「香耶さん起きなよ。襲っちゃうよ?」
「………や」
総司のおもちゃにされちまう。
「へぇ…」
原田は彼女の容姿を見て感嘆の声をあげた。
「ちょっと、そんなにじろじろ見ないでくださいよ。僕の香耶さんなんだから」
いつ香耶がお前のものになったんだ。
総司がなにやらいやらしい手つきで香耶の頬から首筋を撫で上げる。
香耶は身じろぎしたあと長いまつげを震わせて、ぱちりと空色の瞳を開けた。
「っ!? ぎゃぅ」
目覚めたとたん目と鼻の先に総司の顔だ。驚かないわけがない。しかし香耶の悲鳴はとっさに口を総司に押さえられて消えた。
「あはは、ぎゃぅって何。ぎゃぅって」
「ごむももん! もむむむんも!!」
「おいおい総司、放してやれよ」
「………はぁ」
俺は眉間を押さえて溜息を吐いた。
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