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雪村千鶴side
女性はすっと表情を引き締め、私を隠すように前に立った。
路地から様子をうかがって顔をしかめ、ぽつりと小さく呟く。
「……ひょっとしてあれがヴァンパイア?」
私も思わずその場から身を乗り出した。
「な、なに……!?」
浅葱の羽織を着た人々が、浪士たち(だったもの)を滅多刺しにしていた。
溢れ返る血の匂い。肉を切り、骨を断つ音。
「ひゃはははははははははははは!!!」
狂ってる。
彼らは………人間じゃない。
冷たい何かが背筋をなぞる。
怖い。
逃げなくちゃ………
がたん!
「!!!」
こわばった私の身体は思うように動かなくて、すぐそばにあった木の板を倒してしまった。
浅葱の羽織の彼らが一斉にこちらを振り返る。
狂気に満ちた赤い瞳が私たちを射抜いた。
女性は化け物をにらみ付けながら、はぁとため息をついた。
「出てこい、ゼロ」
その言葉に、何もなかった空間からゆらりと男の人が現れた。
漆黒の髪に漆黒の羽織袴の、ぜろと呼ばれた男性は、この緊迫した空気の中やわらかい微笑を彼女に向けている。
『香耶さん、僕を呼んでくれるのは久しぶりですね』
「君を呼ばなかったのは思いやりからだよ。私は君が本調子じゃないのを知っている。でも今は緊急事態だから仕方ない。この子を頼むよ」
そして彼女は私に向き直った。
「私は月神香耶。この男はゼロ。こうして出会ったのも何かの縁。ここを切り抜けられたら一緒にお茶でも飲もうよ。それじゃあ後で」
軽い調子で言って身を翻す香耶さんを、私は再度引き止めた。
「あのっ………私は雪村千鶴です! お茶………楽しみにしてます」
香耶さんはとても綺麗な笑顔を返してくれた。
そして今度こそ、血にぬれる彼らの前に飛び出していった。
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