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土方歳三side
香耶は別室で、ゆったりと風に当たっていた。
「姿が見えないと思ったら……こんなところにいたのか」
「んぅ……としぞーくんか」
隣室のどんちゃん騒ぎがどこか遠くに聞こえる。
しどけなく窓辺に寄りかかっているその姿が、まるで一枚の絵のようで。
この部屋だけが俗世界から切り離されたみたいだった。
「南雲薫のことを気にしてんのか」
「……薫君は私のことを今でも命の恩人みたいに思ってくれてるけれど、私は本当の意味では誰も救えてなんかいない。救えなくて。懺悔して。何度こんなことを繰り返せばいいのかな」
香耶は、言って外に視線を戻す。俺は香耶の隣に立って、同じ方向を見据えた。
「後悔してるのか」
「……後悔なんか………しない。先のことを考えなくちゃ」
「なら受け入れて進むしかねえだろ」
「うん。そうだね」
「俺も一緒に考えてやるよ」
「うん……」
「おまえの愚痴ないくらでも聞いてやる」
「うん……」
香耶が再び視線を俺に向けた。白くすべらかな頬に、俺の無骨な手で触れる。
「香耶……」
「歳三君……?」
ふっくらとした赤い唇が、俺の名を刻む。俺だけをその空色の瞳に映して。
ただそれだけのことが、特別で。
どんなに言い尽くしても、この胸の奥からわきあがる想いは、言葉になんかできないんだろう。
「俺は…」
「はいそこまで」
すぱん!
景気のいい音を立てて、部屋のふすまが開け放たれた。
俺ははっとして香耶の頬から手を離す。
「総司君」
香耶は目を瞬かせて、敷居に立つその人物を仰いだ。
総司はすたすたと俺たちの前までやってきて、香耶の手をとる。
「酔いはもうさめたでしょ?」
「あ、うん」
その手を引っ張って立たせて、俺に見せ付けるように肩を抱いた。
「じゃ、返してもらいますんで」
「ちっ」
総司は微かに殺気まじりの笑顔を顔に貼り付けて、俺に背を向けた。もちろん香耶を抱き込んだまま。
「としぞー君、話聞いてくれてありがとう!」
「はいはい香耶さんは黙って」
あのやろう。
俺はふすまの向こうに見えなくなった総司の背中に、胸中で毒づいたのだった。
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