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月神香耶side



慶応二年六月、第二次長州征伐のため送られた諸藩の軍勢とそれを迎え撃つ長州軍が武力衝突した。
しかし幕府側は敗北。総大将である将軍家茂は急病死。そして八月には征長停止の勅命が下され幕府側は撤退した。

これに諸藩の尊攘派が活気付く。
八月末、幕府を愚弄するものを捕らえる旨の通達が書かれた制札が何者かに引き抜かれ、河原に投げ捨てられるという事件が起こる。

いわゆる「三条制札事件」である。

九月十日に三度目の制札が立てられると同時に、新選組がその警備を命じられることになるのだった。
(一部抜粋:「いっきにわかる新選組」山村竜也著 PHP)



「気をつけてくださいね、原田さん」

「おう、わかってるって」

制札の警護に出る左之助君。そしてそれを見送る千鶴ちゃんの姿を、私は物陰から見守っていた。
交代する警護組の後をつけるべく、私は影に溶け込み動き出す。

……が、しかし。



「行かせないよ」

唐突に後ろから手首を掴まれて。

「ぎゃああああ!?」

咽から心臓が飛び出すくらいびっくりした。
私の手をつかんで声をかけてきたのは総司君だった。
私たちの声に、左之助君たちも当然気づいて近づいてくる。

「おまえら、何やってんだ」

「こ、これは……」

逃げようにも、総司君に後ろから腕を回されて身動きが取れなかった。

「左之さんたちの後をつけようとする不届きものを捕縛しました」

「失敬な」

「香耶さん……」

「おまえなぁ……」

みんな、またか、みたいな表情をする。私はぶすっと頬を膨らませた。

「だって行きたいって言ってもどうせ反対されるし」

「聞く前から諦めてちゃだめなんじゃない?」

「じゃあ……総司君、私も行っていい?」

「だめ♪」

「うがー腹立つ!」




「……けど、香耶が今日になってわざわざ動き出したって事は、」

「……! 今日、なにか起こるかもしれないんですね!?」

左之助君たちの言葉に私はぴたりと黙り込む。
新選組が制札警護を始めて今日で三日。私が知る歴史では、今日、事態は動き出すんだ。
総司君は心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「香耶さん? ……まさかそんなに言いづらいようなことが起こるの?」

「い、いやそういうんじゃないけど……油断しないでね、左之助君」

「──わかった」

私の微妙に固い顔を見て、左之助君はすっと表情を引き締めた。

「総司、香耶のこと見張っとけよ」

「言われなくても」

「むぅ」

「それじゃ、今度こそ行ってくる」

「はい。どうかご無事で」

こうして、私は出鼻をくじかれて左之助君たちを見送るはめになったのだった。



その晩、やはり事件は起こった。
左之助君たちが待機していたところへ、土佐藩士八名がやってきて、立て札を引き抜こうとした。
左之助君たちはその狼藉の現場を確認し、斬りかかる。
激しい斬り合いのすえ、何人かは生け捕りにすることができたが、逃げ切った藩士もいたらしい。

私の知っていた通りになったのか……
ただ、取り逃がした理由について、左之助君は口をつぐんだままだった。

後日、彼らは会津藩から報奨金を受け取ることになった。

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