水鳥




「よぉ。名前」
「こんにちは、水鳥。今日は遅かったね」
いつもとなんら変わりのない、昼下がり。食べ終わってしばしの休憩を取っていたところにいつもより少し遅れて水鳥がやってきた。普段は一緒に昼食を取ったりするのだが、今日はまだなのか顔を僅かにしかめて白い小さな袋を掲げてみせた。
「今日さ、寝坊しちまって。飯を買うのも忘れてきたんだ、だからさっき購買に行ってきた」
珍しいこともあるんだなぁ、と水鳥を見上げて私の席を貸すからと、座るように促せば「いい」とだけ言って、近場にあった誰の椅子かわからない適当な椅子を片手でずらしてどっかりと深く腰を下ろした。その姿すらも様になるので、私はついつい見とれてしまう。



「そういえばよ……バレンタインに貰ったチョコ美味しかった」
購買で買ってきたと思われる、おにぎりを整えながら呟いた。急に何を言い出すのかと重く、閉じかかっていた瞼を開けて見つめる。それでも視界は春の日差しも手伝ってか曖昧模糊としていたのだが。
「……で、だ。やっぱお返しはしねぇとって思って」
「そんなのいいのに、気にしなくても」
妙な所で律儀なんだから、そういうところも水鳥のいいところなんだけどさ。照れて粗暴になるかもしれないから言わないでおくけれど。
「いや、駄目だろ。貰ったからには……な」



スカートについているポケットに手を突っ込んだのを見届ければ、数秒後には水色の袋が水鳥の手の上にあった。
「これ、食ってくれよ」
「有難う、嬉しいよ」
素直に水鳥から差し出されたものを受け取ると、ようやくほっとしたような溜息を一つついて、おにぎりに噛り付いた。包みを見てみれば、ツナマヨと梅という割とベタな物を選択してきたと見受けられた。
「……来年、も」
「うん?」
齧っていたおにぎりから口を離して、あのきつめの瞳を歪ませた。こういう時の水鳥の表情は新鮮に感じられる。あと、誰よりも女の子らしい。水鳥に伝えるとこれでもかって程、怒られてしまうけれど。思ってしまうのだから仕方がない。



「食いたいよ、名前のチョコ」
「うん。じゃあ、来年はもっと美味しいのを作らないとね」
水鳥の期待に添えられるかわからないけれど、望まれて悪い気はしない。この距離のまま、二人でずっといられたらなって思ってしまう。私は今の関係が好きだ。




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