磯崎




雪がようやく解けてきて、春らしくなってきた登校路。途轍も長い万能坂も少しはましになったなぁ……と、思い返しつつ疲れた体を椅子の背もたれに押し付けて足を伸ばしていたら頭上の方から「うわぁ、色気ねぇ」なんてあの万能坂を上ってきたのにあまり疲れていないのか、覇気のある声が聞こえてきた。そのままの体制を崩さずに顔を上に向けて相手を確認するとやっぱり磯崎だった。いつもと様子が少しだけ違うような気もするが、特に気にせずに「磯崎君は私に色気を求めているのかな?」って挑発してやった。



「バッカじゃねーの。誰がお前の色気なんか。気持ちわりぃな」
「気持ち悪いまで言う?」
流石に言い過ぎな気がするが、磯崎相手に口論するのは意味をなさない。それを十分に承知なので私はそれで抗議するのを諦めた。しかし、磯崎が朝一で私の元へやってくるのがなんだか不思議に思えた。今日はホワイトデーであることはいくら教養のない私でも知っているのだが、磯崎から実の所お返しなどと言うものは期待していない。磯崎は性格的に、そういうイベントごとを敬遠している傾向にあり。
「朝一で私の所に来るってことは……」「おう」



磯崎が何かを察したかという少しだけ表情を明るくした。
「カツアゲね!ジュース代くらいなら貸してもいいけ「死ね」
ガッ、ゴロゴロと小さな物が入っていると思われる箱の角で情け容赦なく叩かれた。これが瓶とかだったらいよいよ殺人の罪状が付きつけられるところだったのだが至らなかった。それでも痛いものは痛いので「いたい!」と悲鳴をあげて伸ばしてあった体を縮めて二撃目に備えた。予想に反して二撃目は来なかったのだが、防御を解いた後に来るんじゃ……などくだらないことを本気で心配していたために解くことはできずそろそろと僅かな隙間から彼を確認してみた。



「磯崎……?」
「それ、やるよ。あ、勘違いするなよ返さないと非常識だと思っただけで別にお前が好きとかそんなんじゃ」「磯崎に常識なんて備わっていたんだ!」「失礼じゃねぇか!んなに言うなら返してもらうからな!」
上気した頬や耳を隠すこともせずに、私の頭をはたいたと思われる箱を取り上げようとしてきたので間一髪のところで懐にしまいそれを阻止した。
「ちっ、用はそれだけだ。じゃあな」
居た堪れなくなったのだろうか、さっさとどこかへ姿をくらませてしまおうとしている磯崎の背に向けて言った。「磯崎!有難うー!大好きだよー!」「うるせぇ!!」知っているっつーの叫ばなくても。って聞こえたような聞こえなかったような。




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