篠山




前回のことを簡略して言えばバレンタイン当日に名前から予想だにしていなかったチョコを貰った。俺の返事は当然の如く決まっていた。そして三月十四日、名前の教室の前でうろうろ……傍から見ればただの不審者だ。関係のない(ある意味そのクラスの者なら関係あるが)人々の視線が突き刺さる。名前がやっと俺の姿を発見した様で、俺に近寄って笑う。「あ、篠山君お早う」「お、お早う」機械的にぎこちない仕草で「あの、さ、この間の事なんだけど……」そこまで言って教室の前では一目が多いと気が付いた。此処で公開処刑だけは避けたい。名前は理解しているようで「ああ……」とほんのり頬を赤らめた。「此処じゃあれだから人いない所で」普段なら信じられないような敢然さで、名前の手を軽く引いた。



でも、よくよく考えれば人のない素敵なスポットなんてそうそう無いことに気が付いた。図書室かその辺な静かな所にしようと思っていたのだが、図書室の中も意外に人がいるし、本当俺の邪魔をしているエキストラとしか思えない。引き返そうかとも思ったが名前が疲れてしまうと顧慮した結果やめた。渡すだけ、そうこの箱を渡すだけなんだからな。(それが意外にきついんだけどさ)
「あのさ、」
耳が敏感にピクリと動いた。ぼそぼそという周りの話し声は拾う必要性がない。静まり返っていて尚且つ本棚で死角になっているのだから、ギャラリーなんていていないようなもんだし、なんら弊害もない!と自分を奮起する。お菓子が詰められた箱を差し出す。やっぱり、ぎこちない動作だった。
「これ、俺も……その、名前の事好き……だから」



どうしようもないくらい、口下手。それが俺をこういう時に苦しめ呪う。うまい言葉なんて思いつかないし、思いついても多分噛む自信ある。リアルタイムで進む時間は、俺に余裕を与えてくれない。
「名前の嫌いなお菓子じゃないといいんだけど……」
女子と会話するとき視線を逸らすのは俺の悪い癖。常に視線は瞳と合わない。焦点が定まらない。名前の手が俺の冷えた両手を包んだ。驚いた拍子にボトッ、地面に落ちて行った箱を見届けた。名前も見届けていたようで俺の手を離して屈んで拾い上げた「有難う。私、篠山君が好きだよ」少しだけ爪先立ちに背伸びをして俺の唇に熱を宿した。背にあるのは大きな本棚だけだった。何かの漫画のような展開で、俺は目を瞑るという基本的な事すらも忘れていたのだ。此処が図書室の片隅でなければ俺も大きな声をあげていたのかもしれない。ただ、それが出来ないのは僅かに溶け残っていた思考が“図書室だ”と教えてくれたからだった。ああ、此処に本棚があって死角になっていて本当によかった。



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