西野空




「いやぁ、参ったなぁ」
宵一がまた演技がかった口調と調子でしつこく私に尋ねてほしい風に言ってくるのでいい加減煩わしくなった私が宵一に「何が参ったって言うの?」と聞いた。宵一が待っていました、と言わんばかりに柔和な顔になったのでやっぱり私に構ってほしかったんだなと確信した。「それがさぁ、名前ちゃん〜、聞いてよぉ。僕さぁ、名前ちゃんにちゃーんとホワイトデーのお返し用意していたのに、机の上にうっかり忘れて来ちゃってさぁ〜」てへぺろ、とかやっているが可愛げよりうざさが勝った。うっかりの部分をやけに強調しすぎの現時点ではかなり胡散臭いと思う。……教室の中ということをすっかりと忘れ去っているようだ。



「……へえー。じゃあ今度でいいよ」
というか、わざわざ用意なんかしてくれなくてよかったのにと宵一に言うと「え、今度ぉ?」と慌てふためいた。「え、っとぉ、そ、その、生物だからぁ……今日、僕の家に取りに来てよぉ」「なんで生物なの」様子的に私にその忘れてきたものを渡したいから帰りに僕のうちに寄ってほしいとかそんなんだろう。しかしまあ、宵一の部屋に隼総たちと共にお邪魔するのならば然程問題はないのだが、二人きりとなると危ない気がする。宵一の浅慮さは私がよく知っている。
「……け、ケーキ!ケーキなんだよぉ」
「怪しい!常温で放置しているの?!じゃあ、喜多君も連れて行っていい?」
「あー……ケーキじゃなくてクッキーだったかもぉ。えー、駄目ぇ。喜多が来たら宿題やったのかとか煩くて困るよぉ。本当だから信じてよぉ、おねがい〜」



普段の行いから私は宵一のことをあまり信用していないわけだが、どうも宵一のお願い事とやらには弱くて最終的に私がぽきっと折れて「わかった」って言ってしまうのだ。正直、生物じゃないなら翌日でも全く問題はない気がするのだが。宵一は「よかったぁ」と普通の笑顔ではなくて、企んでいるような笑顔を顔面に張り付けていた。宵一はどちらかというと綿密に計画や作戦を練る方でもないので、半ば騙されたつもりで帰りに寄ることにしたのだ。



宵一は下校時も何処か落ち着きのない子供のようだったが家につけば落ち着いたいつもの宵一に戻っていた。「はい、いらっしゃーい」ドアを開けて私に自室に入るように促す。部屋は最初から私が訪ねてくるのを想定していたかのように随分と掃除が行き届いており、片付けられている。その上、恐ろしいことに私たち以外の人の気配がしない。もしや家の中に誰もいないのか?宵一のご両親は一体どうしたのだろう。疑問を口にするよりも先に宵一が行動を起こす。何の警戒もなしにベッドの端に腰掛けていた私の体をベッドに沈めて耳元で囁きかける。最近、お布団でも干したのだろうか?洗剤のいい匂いがした。「今日ねぇ、誰もいないよぉ。名前ちゃん怪しんでいたから来てくれないかと思ったぁ」「宵一!騙したの?!」



これでは、まるでのこのこと自分から罠にかかった獣のようではないか!あまり感情的にならないように気を付けながらも少しだけ声を張り上げた。
「んーん、騙していないよぉ。ケーキは嘘だけどぉ、クッキーは本当だよぉ。わざと、忘れてきたんだけどねぇ」
そういって、ほらと机の方を指差す。そこには机の端の方に丁寧なラッピングが施された小さめの袋があたかも、忘れ去られたかのように置いてあった。
「やっぱり、わざとだったんだ!ケーキとか言っていた時点で嘘くさいと思ったけど!」
ある程度予想していたからダメージは最小限であるとはいえ、やっぱりショックだ。最初から彼は騙す気満々だったのだから。騙しきれていないけれど。



「まぁねぇ。帰りにちゃーんと渡すから、ね?」
それに、名前ちゃんも本当に嫌じゃなかったからついてきたんでしょって、何処まで都合がいい脳みそなの。まあ、本当に宵一の言うとおり宵一のことは嫌いになれないんだけれども。



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