未然




「あっ、あの!夜久!」

部活が終わり、夜久は研磨に付き合い寄り道(ゲーム屋)するという黒尾たちと別れて一人帰路についていた。
薄桃色と群青のグラデーションとなった空を見上げていれば、不意に後ろから呼ばれて振り返る。

「澤木」

夜久は息を切らしてこちらに駆けてくるクラスメートに歩いていた足を止めた。
追い付いた少女は胸を押さえて息を落ち着ける。

「どした?」

夜久は自分とほぼ同じか、もしくは少し上にある雅美の顔を見て首を傾げた。
雅美はぐっと唇を引き結んでから、少し赤い顔で口を開く。

「あ、のさ…その」
「?」
「一緒に帰らない?」

改まったように言われた言葉に、夜久はキョトンとした。
そしてニッカリ破顔して答えて見せ、雅美はこっそりガッツポーズをしていた。




◇◆◇◆◇





「な、なんか朝はありがとうね」
「?何が?」

突如言われたそれに夜久は首を傾げて聞き返した。
雅美はモゴモゴとくちごもってから、やがて告げる。

「その…黒尾に」
「あー」

朝、黒尾。
その単語で察した夜久はひらひらと手を左右に揺らした。
あっけらかんとした声音でその礼を遮る。

「いーって、あんなん俺の自己満足みたいなもんだし」

言葉を途切らせた雅美は目をぱちくりさせながら復唱した。

「自己満足…」
「俺の幼馴染み。朝、見たろ?久米岬っつーんだけど、昔っからあんな感じでさ」

夜久は頷くとつらつらと話し始めた。
雅美は大人しく聞いている。

「女子が男扱いされるって、見てるこっちは嫌なのにあいつケロッとしてて。女子にキャッキャ言われるのはまだいーのかもだけど、男子にからかわれたりもしてたのにって感じでさ」

夜久の声音は自嘲じみていた。
雅美は黙ってその横顔を見つめ続ける。

「俺が庇おうとしてみても、そんなんいらねーってへらへら自分でなんとかしちゃってくれて」

夜久は空を仰いでいた顔を雅美に向けるとやがて片眉を下げて笑った。

「だから、今更自己満足」

夜久の笑顔はどこか切なそうに見えた。
それでありながら慈愛とも言うべき色があって、雅美の胸はきゅっと締め付けられる。

「夜…」
「もーりすーけくんっ」
「わっ!?」

雅美の声を遮るようにして涼やかな声が夜久を呼び、そしてがばりとその背中に覆い被さった。
夕陽に髪がキラリと照らされ、金色に輝く。

「岬!?」
「おかえりー、今日衛輔ママンはパパンとデートだそうだよ!だから今日は久米家でお好み焼きパーティーだよ!!」
「はぁ!?あの二人またかよ!?」

夜久に抱き着いた岬は肩を組むように移動しながら空いた片手でぐっと親指を立てた。
夜久はテンション高く絡んでくる幼馴染みにいちいちツッ込んで雅美を見ることもしない。

「というわけで今から買い出しに行こうかマイハニー!!デートだね!」
「ハニー言うな!!あと買い出しはデートじゃねぇだろ!!」

ベシッと小気味良い音が鳴って夜久の裏手が岬の頭をひっぱたく。
それでも岬はけらけら笑って夜久の肩を抱いたままで、夜久もそれを振りほどいたりはしない。

「……」

雅美は黙り込むとぎゅっと胸元を押さえた。
痛いような苦しいような感情が喉を締め付ける。

「あ、澤木!じゃあここで!」
「あ、うん!バイバイ!」

やがてひとしきり騒いでいた夜久は、差し掛かった雅美に笑顔を向けると未だ自分の肩に半ば抱き着いた状態の岬を担いだまま道を進んでいった。

その去り際、肩越しに振り返った岬に雅美はドキリとする。
すっと流し目を向けられたかと思うとそれは細まり、やがて薄い笑みを向け小さく手を振られる。

その様は嫌に扇情的で、雅美の心臓は大きく脈打った。
間違いなく牽制だ、と思いながらも雅美はしばらくそこに立ち尽くしていた。





◇◆◇◆◇





「…ったく、いきなり現れんなよビックリした」
「あっはっは、ごめんごめん」

ようやく肩から離れた岬はしかめっ面で言う夜久に軽い謝罪を入れていた。
まったく、と夜久はそれを受け入れながらふと思い出したように口を開く。

「そーいえば澤木、なんか言いかけてたな。何だったんだろ」

その言葉にほんの一瞬、岬の笑顔に皮肉めいたものが混じった。
が、夜久が気付く前にそれは色を潜め、岬は静かな声で幼馴染みを呼ぶ。

「…衛輔」
「ん?何だよ岬…」

隣から遅れた岬に夜久はくるりと振り返った。
途端、するりと頬をその手が撫で、正面からじっと夜久を見つめる岬の瞳に色めいたものが浮かぶ。
唇が誘うように薄く開き、夜久の喉が無意識に鳴る。
と、

「……っわぁあ!!」

はっと我に返った夜久は思わず叫んで後退りした。
その反応の良さにブッと噴き出した岬は、笑いの余韻に浸りながら言葉を紡ぐ。

「キスされるかと思った?」
「な…なな…」

夜久は顔に熱が集まるのを感じながら口をぱくぱくさせた。
さっさとその横を通りすぎて先を歩く岬の背に、キッと眦を吊り上げる。

「おまっふざけ…」
「まぁ現にしようとしてたしねー。何だっけ、リードブロック?うまいねぇ衛輔」

面白そうに言いながら道端の名前もわからない草を摘み、ぷらぷら揺らす岬。
その言い種に夜久は思わず弁解を口にしかける。

「、別にブロックしたわけじゃっ…!!」

が、言い切る前に気付いて少年は口をつぐんだ。
悶々として俯いていれば、前方で笑う気配がする。

「ほんと衛輔可愛いね」
「やかましいっ!!」

こちらを振り向いて楽しそうに笑って言う岬に、夜久はいつも通りに言葉を返した。
長く伸びた影、岬の手の中でしなる草が、面白がるようにひらひらと踊っていた。




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