王子キャラ



朝練のないある日の登校中、バッタリ出会した黒尾と夜久は並んで歩いていた。

「夜久、岬クン元気?」

黒尾はこんな風に聞いてくるのが日課となった。
クン付けなのは面白半分、思惑半分か。

「元気だよ。今日も朝から道行く顔見知りに持て囃されてたよ」

女子ばっかりにな、と夜久。
黒尾はゲラゲラと笑うと「まぁいーじゃねーか」とその肩を叩く。

「ライバル少なそうでさ」
「…ある意味ライバルいた方が良かった気もするけどな」

夜久は溜め息をつくと鞄を肩にかけ直した。
黒尾はゲラゲラ笑ってその隣を悠々と歩く。

その二人の影、ひっそりゲームをしながら歩いていた研磨はやれやれと溜め息をついた。
恋話が好きなのは、女子だけではないんだよなぁと今更ながらにそう実感した。




◇◆◇◆◇



「あっ夜久。おはよっす」
「おー、おはよ」
「黒尾もおはよ」
「オース」

教室に入ると、黒尾は今しがた挨拶したクラスメートを見てニヤリとした。
それからからかうような口調で夜久に話し掛ける。

「まー、岬クンほどじゃないにせよ音駒にもいるけどな、王子キャラ女子」

黒尾は言ってクラスメートを見やった。
短い髪に高い身長、男顔というわけでもないがパッと見女らしさ愛らしさ、といったものはあまり感じられないその少女は黒尾の言葉通り、音駒でかっこいいと持て囃されることが多かった。
王子キャラというにはやや語弊があるが、女子人気という点ではなるほど岬と同じと言える。

話は聞いていたらしい少女は、ムッとしたように黒尾を見返した。
些細なものだったが、あまりそう扱われるのは本人的には納得いっていないらしい。

「やめろよ黒尾。ごめんな、澤木」

いち早くそれに気付いた夜久は黒尾をたしなめるとすまなそうに謝った。
澤木と呼ばれたクラスメートは慌てたように両手を振って否定する。

「い、いーよあたしホントに男の子みたいっていっつも言われてきたんだから。男子なんてみんな黒尾と同じ感じで…」

しかし言葉は尻すぼみになっていった。
それを知ってか、夜久はきっぱりと告げる。

「男の子みたいでも、澤木女の子だろ」

真面目な顔に、真剣な声音。
少女はその色に気圧されたように口をつぐむと、頬にさっと朱を走らせる。

「……っ夜…」

その時だった。

「キャー岬くーんっ」
「やだー!どうしているのー!?」

廊下から黄色い声が上がった。
それを聞いて教室から数人の女子が急いで飛び出し、また甲高い声が上がる。

「会いたくなってしまってね」

その中から聞こえてくる声に夜久の目がスゥッと細まる。
そうしているうち声は近付いてきて、やがて教室の前、開いた窓のところに現れた岬は眼前に立つ少女の顎を小さく掬い、甘い流し目で囁きかける。

「オレの、甘くて可愛いドルチェ達に」
「岬くぅん…」

眺めていた黒尾は半笑いで隣の夜久を見た。
当の夜久は準備運動らしい、膝を屈伸させている。

「……夜久」
「ちょい行ってくるわ」

夜久は床を蹴った。
そして窓を抱え込み跳びの要領で潜り抜け、そのまま岬に強烈なニーキックを炸裂させる。

「朝っぱらから人の学校で何やってんだお前は!」
「ゴスペラッ!!」

夜久は岬が床に倒れる前に引き起こしその胸ぐらを引っ付かんだ。
大きく揺さぶられた岬は頭をふらふらさせながらも能天気にすちゃり、手を上げる。

「やぁ衛輔…お弁当届けに来てあげたよ」

そう言う岬の手には、確かに夜久の愛用する弁当があった。
そういえば朝鞄にいれた記憶はないとは思いながらも、なぜそれを幼馴染みが持っているのかに疑問を抱く。

「は?…いや、途中まで一緒に来たろ。なんで持って」

岬はにっこりすると親指おっ立て意味もなく自信満々に口を開いた。
これまた意味もなく胸を張り、えへんと鼻を鳴らす。

「朝衛輔待ってる間に衛輔ママンに預けられたんだけど渡すのすっかり忘れてた!」
「どや顔すんな!!」

そこにズビシと痛そうな音を立て降り下ろされる、夜久のチョップ。
岬の頭がカクンと振れる。

黒尾はしばらくやいのやいのと騒ぐ二人を眺めていたが、やがてふらりと立ち上がった。
先にこちらに気付いた岬にひらりと手を上げ、窓枠に腕を置きながら挨拶する。

「よー、岬クン。藤華女子だったんだな」
「やぁ黒尾君。そういえば制服で会うのは初めてだったかな?」

岬はぴら、と自分のスカートを少し摘まむと首を傾げた。
ブルーを基調とした制服は彼女によく似合い、さっきまでやっていたことが嘘のようにきちんと「女」に見える。

「ウン、正直想像つかなかったけど意外と似合うなスカート。違和感ねーわ」
「それはどうも」

黒尾は、岬の王子キャラはどうやら本人が作り出す雰囲気が元らしいとひとり推測した。
確かに中性的な顔立ちではあるものの、女性として見てみればそうとしか見えなくなるのだから、間違ってはいるまい。

「岬くーん!見てみて、これ新しく買ってみたの香水!」
「やぁ、どおりでいい匂いがすると思ったよ。…これは、花かな?可憐な君にピッタリだね」

しかし岬はその雰囲気を作り出すのをどうも楽しんでいるらしい。
今もまた、新しく駆け寄ってきた少女に王子キャラで応対中だ。
こりゃ駄目だ、と黒尾が傍観に徹していると、夜久はその幼馴染みの頭を鷲掴みたしなめる口調で言い掛ける。

「だからおまえは…」
「ん?大丈夫だよ衛輔!ミントの香りの衛輔も抱き着きたいくら「黙れアホぉ!!」ブフッ!!」

その夜久に、なんともマイペースに返してはべちーんと痛そうな平手を顔面全体に受ける岬。
抱き着きたいの一言に照れたのだろう一撃だが、その威力は如何なものか。

「……ん?」

と、黒尾はふと少し離れたところにいる少女に眉根を寄せた。
さっきまで話していた、澤木雅美だ。

雅美はぎゅっと胸元で手を握り締め、夜久を熱っぽく見つめていた。

「…ほほーう?」

その横顔に黒尾はこの先来るであろう修羅場を思い描いてニヤリと笑った。
岬が遅刻確実となっている事実は、教師がやってくるまで忘れ去られていた。






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