救世主




「ねーねー、それって藤華女子の制服デショ?」
「カワイー子揃いってマジじゃーん」

街角でチャラチャラと制服を着崩した男が数人、怯える少女たちに迫っていた。
やめてくださいと震える声で返されれば、茶化すようにげらげら笑ってますます迫る。

「ねぇ、」

と、そこに柔らかな声がかけられた。
男たちが鬱陶しそうに振り向くとブルーのシャツがなんともよく似合う、爽やかな笑顔が現れる。

一度家に帰ったのか、男装まがいな私服姿の岬は少し首を傾げ、涼やかな声で重ねて言う。

「オレの連れ、ナンパしないでくれる?」

突然現れたイケメンに男たちは狼狽えた。
リーダー格が後ずさりしながら叫ぶ。

「なっ、なんだテメーは!」
「岬くぅんっ」

反対に、少女たちは校内でも有名な憧れの王子キャラ女子の登場に目を輝かせ、さっさとそちらに駆け寄っていく。

「岬君だぁ〜っ」
「大丈夫、みんな?」
「怖かったぁ〜」

岬はすり寄ってくる少女たちの頭を代わる代わる撫でてやりながら柔和に微笑んだ。
その様子に、モテない男は憤る。

「スカしてんじゃ…ねぇよっ!!」

仲間内でも特に喧嘩っ早いその男は汚いフォームで振りかぶると岬目掛けて殴りかかった。

「きゃあ!!」
「岬君!!」

しかし少女たちの心配をよそに、岬はいともあっさりとそれをかわした。
それどころかカウンターで胸ぐらをつかみ取り、軽やかに一回転させて地面に引き倒す。

「……悪いね、殴られる気は毛頭無いよ」

焦ることもなく、岬は涼やかに笑んだままそう言って立ち上がった。
男の取り巻きたちは流れるような一連の攻撃にぽかんとする。

「岬君素敵〜…」

少女たちはぽーっとして岬を見つめた。
振り返った岬は中でも一番しつこく声をかけられていた少女の頬にそっと手を添え、至近距離で微笑みかける。

「怪我はない?お姫さま」
「はっ、はいぃ…」

少女はとろけるような心地で返事した。
周囲の少女は羨ましそうに、けれどうっとりとその様子に見とれる。

と、ふらふらと男が立ち上がった。
ギンッと眦を吊り上げると岬を見据える。

「ってめぇっ…!!」
「!!岬君危なっ…!」

男が拳を振り上げ岬に迫った。
もう避けられる余裕はない。

「岬てんめぇええええ!」
「おぅふッッ!!」

が、男のパンチが届く前に、岬は強烈な膝蹴りによって吹っ飛ばされた。
そして、その蹴りを放ったのは夜久だ。

「ちょ、衛輔ちょっと痛…痛い痛い痛い!!そこ骨!骨当たって…あだだだだ!」
「黙れなんだあのメールは!!」

突然現れた夜久はそのまま岬に技をかけながら吼えた。
殴り損ねた男は唖然としてその情景をただ見つめる。

「ふざけてんのかコラ…!」
「あはははは衛輔落ち着いてー!」
「落ち着けるかぁあ!!」

岬は爽やかに笑いながら締め上げられていた。
夜久は般若顔で、後方に追い掛けてきた体で控える黒尾と研磨が見える。

放置される形となった男たちはわらわらと加わってきた、いわゆる「真っ当で教師受けも悪くない連中」に苛立ちを強めた。

「おいってめぇ!そこのチビ!!」

誰も彼もが凶悪顔で夜久に向かって凄む、がその脅し文句に選んだワードが悪かった。

「あぁん!?」

凶悪顔を上回る極悪面で迎え撃つ夜久、男たちは怯え胸ぐらをつかまれたままの岬は怖いもの知らずにも要らぬ口を挟む。

「衛輔、それじゃチビを認めてるよ?」
「お前が一番チビ扱いしとるわ!!」

すぐさま眼前の幼馴染みに標的を戻した夜久はがルルルル、と唸り声を上げて眦を吊り上げた。
はっはっはと笑う岬がとんだ命知らずに見える。

「バカにしやがって…っ」

男はぎりりと歯を噛み締めると再度振りかぶった。
その狙いは間違いなく夜久だ。

「っ、のクソチビがぁ!」
「危ない!」
「夜久!」

少女たちと黒尾が叫ぶのとほぼ同時、鈍い音が響き渡った。
そしてその後は静寂が場を制する。

「………岬…」

夜久は目を見開き、自分の前に咄嗟に飛び出た幼馴染みの背中を見つめている。

「…………衛輔にいらん怪我させないでくれる?」

岬は殴られた頬をゆっくりと指でなぞりながら、男を冷ややかに睨み付けた。
そこに先程までのふざけた色はなかった。
夜久と同程度の身長では男たちを見上げることとなっているのに、ガラス玉のような無機質な瞳は男の背筋にうすら寒いものを感じさせる。

「岬!お前っ…」
「岬君!」
「やだっ、赤くなってるよ!」

夜久は慌てて前に回り込むと岬を心配そうに覗き込んだ。
後ろに続いた少女たちもハラハラとその様子を見つめる。

「ヘーキだよ」

悲痛に歪んだ夜久の表情に岬は一瞬瞳を揺らがしたものの、すぐに微笑むと何事もなかったかのような穏やかさで言った。
それでもなおじっと見つめてくる夜久に困ったような笑みを浮かべた、かと思えばそこで岬は笑顔の種類を転じさせた。
ぐっと親指を立て、無駄に爽やかなオーラを撒き散らして溌剌と言う。

「衛輔のパンチより断然弱かったしね!!」
「心配した俺が馬鹿だった」

夜久は真顔で切り返すと「ったく」と岬の頭を小突いた。
岬はあの冷たい表情など嘘であったかのような涼やかな笑顔でそれに応えている。

「とりあえず手当てだ、帰んぞ」
「はいなー、了解」

岬は笑って敬礼すると、先を歩き出した夜久に倣ってその後に続いた。
が、そばで居心地悪そうに立ち竦んでいた少女たちを見るや、あっさりその足を止める。

「岬くん、あの、ごめんね私達が絡まれてたから…」
「気にしないで。可愛いお姫さま方が無事なら、何よりだよ」
「岬くん…」

岬は少女たちの髪をするりと撫でると甘やかに微笑みかけた。
その背後に、戻ってきた般若が仁王立ちする。

「あだだだだ!衛輔タンマ!肩甲骨飛び出る!」

無言での背中への攻撃に岬は悲鳴を上げた。
少女たちはおろおろし、夜久はひたすらグリグリと拳を押し付ける。

「……っナメやがって…っ」
「はーいそこまで」

ほったらかしの男たちは苛立ちに剣呑とした雰囲気を醸し出していたが、そこに間延びした、けれどどこか油断ならないものを感じさせる声が割り込んだ。
振り返れば、気だるげでありながら隙のない雰囲気の男・黒尾が立っていた。
二メートル近い長身の男に、面々は思わずたじろぐ。

「その制服、この近くの高校だろ。俺はお前らの顔覚えたしこいつも」

黒尾は三白眼を鋭くさせながら後ろの研磨を顎でしゃくって続けた。

「バッチリ覚えてる。人殴ったことお前らの学校に通報されたくなきゃ、とっとと失せな」
「…くっ、そ!」

最後のあがきとばかり、黒尾の足元に唾を吐き捨てて走り去っていく男たち。
黒尾はやれやれと溜め息をつきながら小声で呟く。

「……ったく、やだねぇ程度の低い奴は」
「…クロ、お疲れ」
「おう」

黒尾は軽く答えながらそれにしても、と今だ近くでぎゃあぎゃあやっている夜久とその幼馴染みをちらと見やりながら言った。

「女子庇うときは冷静だったのに夜久になるとえらく衝動的だったな。体が勝手に動いた、みたいな」
「……実際そうだったんじゃないの」

黒尾の推測に研磨はどうでもよさそうに相槌を打った。
とはいえ、研磨自身何の根拠もなく言っているわけではないのは黒尾がよく知るところで、少年はにんまりと愉しげな笑みを浮かべる。

「夜久の一方通行てワケじゃなさそうだな」
「……クロ、顔が悪どいよ」

ニヤニヤしながら漏らしたコメントに、己の幼馴染みの冷静なツッコミが入った。
遠方ではまた岬がいらないことを言ったのか、彼女の幼馴染みにアイアンクローを食らっているのが見えた。





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