ナンパ




「ねぇー、いーじゃん!」
「おごるからさー」

帰り道、ちょっとばかり街中に出た黒尾と夜久は、大学生らしい女数人に囲まれそんな声を掛けられていた。
これは黒尾と一緒にいるとよくあることで、モテるよなぁと夜久はその横顔を見上げる。
ここに山本が加わると、その確率はゼロになるがそれは余談だ。

「いやー、お誘いはウレシーけど部活終わりで疲れてるもんで、ちょっと」

黒尾はやんわりと断りの文句を口にした。
が、女たちは黒尾たちが部活をしていると聞くや、何の部活だと会話を進め、部活を頑張る男はタイプだなどとはしゃぎ出す。
さすがに、ここからどう逃げるんだと冷や汗を流し始めた黒尾に夜久も狼狽え出したその時だった。

「じゃあ、『オレ』も混ぜてほしいな。いいだろ?衛輔、黒尾君」

それはそれは爽やかな笑顔を浮かべ、女たちの肩を抱いて登場したのはあろうことか幼馴染みだった。
にっこりと笑うその涼やかな瞳に見つめられ、女たちは少女のように頬を染める。

「えっ、や、やだちょ…イケメンッ…」
「かっこい…っ」
「ねぇ、いいかな?お姉さんたち」

岬は白い歯を見せ、柔和に微笑んで催促した。
腰砕けになった女たちは目をハートにしてとろけた声音で何度も頷く。

「は、はいっ…」
「ありがとう。…まぁ、本当は」

岬は肩を抱いていた手をするりと滑らせると女たちの腰を抱いた。
そして甘い吐息を交えた声でその耳元に囁き掛ける。

「オレだけでお姉さんたちを囲ってしまいたいんだけどね」

女たちは完全に落ち、見ていた黒尾は引いた表情になった。

「……夜久、お前の幼馴染み…」

黒尾はひきつった顔で傍らのチームメイトに声を掛けかけて止まった。
当の本人は靴紐をしっかりと結び直し、トントンと軽く脚をならしている。

「岬」
「ん?」

夜久の呼び掛けに岬は振り返った。
次の瞬間、腰の辺りにツッコミという名の強烈な一撃が炸裂する。

「歯ァ食いしばれッ!!」
「ゴフッ!!」
「キャーー!?」

もろに喰らった岬はぱったりとその場に倒れて動かなくなった。
その襟首をひっつかみ、夜久は引きずりながら歩き出す。

「帰んぞバカ」
「……あ…綺麗なお花畑が見える…」
「這ってでも帰ってこい」

夜久は冷たく言い捨ててそのまま遠ざかっていった。
残された女たちは呆然と成り行きを見つめるしかない。

「……あー、ゴメンねーお姉さんたち。あいつら見張ってなきゃだからまたいつかね」

黒尾は一応といった体でフォローを口にし、そしてそそくさと夜久を追った。
女たちは聞こえていたのか怪しいほどに放心状態だった。



◇◆◇◆◇




「おーまーえーはー…何したいんだよ、バカ」

夜久はぎりぎりと岬の胸ぐらをつかみ締め上げながら唸るように言った。
わざとらしく目線をそらした岬は平静な声音でつらつらと返す。

「いや、衛輔に群がる子たちは早めに排除しとこうかなって」
「だからってなんでお前がナンパだよ。大体、あの人たちの目当ては黒尾だろ」
「そんなことないよ、きっとチビ専もいたよ」

言った瞬間岬の脚は夜久にひっつかまれ、そしてそのまま両脇に抱えて振り回された。
人目も何も考えない全力のジャイアントスイングに黒尾は無言で距離を取りムービーを回す。

「お前っ、ほんっっとにわかんねーよ!」

大技後はさすがに息を切らした夜久は叫ぶようにして言った。
散々振り回され、倒れたままの岬は青い顔で大人しく聞いている。

「ヤキモチならもっと他に色々あるだろ!?」
「な、なるほど、衛輔は私に可愛らしく妬いて欲しいのか?」

捲し立てる夜久に岬はふっと色めいた笑みを浮かべた。
……依然、倒れたまま、青い顔のままだが。

「…可愛いな、ほんとに」

岬はふらふらと立ち上がると夜久の耳元に唇を寄せた。
そして甘やかな声でそっと囁く。

ドスッと鈍い音の後にどさり、岬の体は再度地面に倒れ伏した。
夜久は肩を怒らせて立ち去り、黒尾は残された岬のそばに腰を屈めて声をかける。

「…照れ隠しの一撃は予想してなかったのか?」
「衛輔のパンチは愛の味しかしないさ…」
「そうか今のキックだったけどな」

芋虫のように丸まった彼女は青を通り越して白い顔で横たわっていた。
が、無駄にいい顔だったりもして、黒尾は冷静にツッコミを入れる。
この幼馴染みは一体どんな関係性なんだと黒尾はひっそり、自分の幼馴染みの普通さに胸を撫で下ろした。
眼下で力尽きた少女はしばらく放置されていた。




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[mokuji]



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