現状フィーバー
「衛輔」
部活を終え、夕暮れ道に長く伸びる自身の影を眺めながら歩いていた夜久は、後ろから聞こえてきた声に振り返った。
夕陽をバックに微笑む幼馴染みは相も変わらず爽やかで、夜久は眩しそうに目を細める。
「……岬」
「今帰り?」
「うん」
「じゃ、一緒に帰ろう」
岬は白い歯を見せるとそのまま夜久の隣に立った。
夜久はヒールなどを履かないお陰で同じ高さにある幼馴染みの横顔をちらちらと見ながら再び歩き出し、そうしながらも話題を探す。
「……岬。学校、どう?」
「へ?何だよ、今さら」
「…そーゆーの聞いたことなかったし。どうなのかとかちょっと気になっただけ」
「ふーん?」
夜久の苦し紛れの話題に岬はちょっと怪訝そうにしていたが、さして長々とそうしていることもなく至極あっさりと答えを言葉に乗せる。
「まぁ、楽しいよ。衛輔は?」
「俺は、楽しいよ。でも…」
夜久はちょっと口ごもった。
それから小さな声で続きを紡ぐ。
「お前も音駒にしたら良かったのに、とは…思う…」
「それは仕方ないよー」
聞き取り辛さもあったはずが、あっさり聞き取っていた岬は明るく笑って親指を立てた。
ぱちりと閉じた片目にときめく胸が憎らしい。
「だって音駒の受験当日、インフルで寝込んでたし!」
「……………」
あまりにあっけらかんと告げられる…まぁ知っていた話ではあるのだが…それに、夜久はイラッと頬をひきつらせた。
その親指逆方向に折り曲げてやろうか、と狙いを定めかけたものの知ってか知らずか岬は手を引っ込めた。
そして笑いながら言われた言葉に少年は思わず固まる。
「それになんやかんやで衛輔とは疎遠にもならずいられてんだから、贅沢も言えないって」
さらっとそんな言葉を口にした岬は機嫌よく空を眺めながら歩いた。
対照的に、俯いた夜久は赤い頬を誤魔化すようにぐいっと手の甲で口元を擦り、やや躊躇ってから音を紡ぐ。
「…岬」
「うん?」
「……俺、無い物ねだりかな」
「無いも…え?何?身長の話?」
夜久はすかさず足をしならせてすっとぼけた顔で聞き返してきた岬の背中に一撃入れた。
ごふっと噴き出した岬はよろけながら蹴られた部位をさする。
「おおう…衛輔のハイキック久しぶり」
「黙れお前に言ってみた俺が馬鹿だった」
「なんじゃそらヨ」
岬は腑に落ちない顔で首をかしげていたが、やがて痛みはなくなったのか背をさするのを止めパーカーのポケットに両手を突っ込んだ。
しばらく歩いたところで、不意にぽつりと口を開く。
「…衛輔はイケメンでーすよ」
「は?」
思いがけない言葉が飛び出てきて夜久は目を丸くさせて足を止めた。
2、3歩先を行き、同じように足を休めて肩越しに振り返った岬は悪戯っぽく笑いながら付け加える。
「この上衛輔に身長があったら、楽しく女の子とも遊べないじゃないデスカ」
夜久はわずかに頬に熱を感じながらもジト目で幼馴染みを見やった。
への字に曲げた口は不機嫌なのでなく、単なる照れ隠しだ。
「…身長同じの癖に」
「あ、それだけど伸びたかもなんだよね。まだ成長期なのかな」
「よし屈め、踵落としで縮めてやる」
「やーだよ」
岬はケラケラと笑うと小走りを始めた。
少し遅れて夜久も走り出す。
「待てコラ!」
「ははっ」
ひらりひらり、軽い身のこなしで振りかぶられる夜久の拳から逃げる岬。
友達同士の戯れにも、恋人同士のそれにも見えるやり取りにいつしか夜久の顔も綻んでいた。
夕陽は半分ほども沈んで西の空を桃色に染め上げ、反対側の空には白い月がうっすらとその影を見せていた。
さやさやと道端に短く生えた草が、微風に吹かれて笑っていた。
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