昔話
幼い頃から、岬は「そう」だった。
「岬くーん!」
「あーそーぼ!」
声をかけてくる少女たちに、岬は大人顔負けの愛想のいい笑顔を浮かべて答えた。
そして、少しだけ決まり悪そうに隣にいる夜久に告げる。
「衛輔ごめん、行ってくるね」
一番一緒にいる時間が長いのは、夜久。
けれど彼女が最優先にするのは、いつもいつも女の子たちだった。
そしてその少女たちは、呼び方から何から岬を同性の友達として見ているとは、夜久にはとても思えなかった。
「岬くん、今日はわたしがおひめさまね!」
「美香ちゃんずるいよ。わたしだっておひめさまがいい!」
岬はいつも「王子さま役」だった。
ちなみに、このごっこ遊びはいつも「王子さま」「おひめさま」「けらい」で成り立っていて、絶対ままごとにはならない。
岬くんが「おとうさん役」はだめ、とは少女たちのよくわからない主張だ。
そして岬の「王子さま」扱いは、小学校に上がっても続いていた。
岬の「おひめさま」に、誰もがなりたがった。
「岬さぁ、嫌じゃないの?」
夜久は一度聞いたことがあった。
確か少女たちからの誘いはなく珍しく二人だけで遊んでいた時で、まだ幼い目にも涼やかな瞳をぱちくりさせた岬は首をかしげた。
夜久はいや、だからさぁとちょっと唇を尖らせ、ゲームが一段落ついたところで手は休めずに詳しく言う。
「王子さま役ばっかりでさ。嫌じゃないの?たまにはおひめさまやりたいとかないの?」
夜久の質問に、岬は目から鱗、といった面持ちで手を止めていた。
あまりに唖然とした様子に、むしろ夜久が狼狽える。
「…考えたことなかったな」
岬はゲームのメニュー画面に再び目線をやりながら感慨深げに言った。
周囲がおひめさま役をやりたがる少女ばかりな夜久は、幼馴染みのその態度に思わずツッコミを入れる。
「いや、ないのかよ」
「だっておひめさまなんて柄じゃないし」
岬は何でもないことのようにそう返すと、次これにしよ、とミニゲームを選択する。
夜久はその横顔を眺め、自分もゲームに集中しようと画面に目を戻しながらふと思った言葉を口にする。
「…おれ、岬のがかわいいと思うけど」
夜久の視界で、岬の手がまた止まった。
顔を上げて目を合わせれば、その顔はそれはそれは心配そうに歪んでいて、戸惑った声音で岬は言う。
「…衛輔どうしたの、熱でもあるの」
「ねーよ」
夜久は思わず額にチョップをかました。
怒るかと思ったが案外けろりとしたままの岬は朗らかに「だって意外でさ」と笑う。
「……絶対岬のがおひめさま似合うと思う」
夜久は拗ねてそっぽを向きながらも、それだけは重ねて告げた。
プレイのためのキャラクターを選んでいた岬はおどけたような態度をやめ、柔らかな声音で告げる。
「ありがと、衛輔」
はぐらかすようにではなく、自然ににこりと笑った岬に夜久は肩を跳ねさせ、そしてそれを誤魔化すように自分もキャラクターを選び始めた。
岬は夜久を待ちながらのんびりした調子で口を開く。
「……て言ってもなぁ。抵抗あるわけじゃないけど興味もないからなぁ」
「…お前、なんでいっつもあいつら優先なの?」
夜久は面白くなさそうに岬に尋ねた。
岬はきょとんと目を瞬かせ、首をかしげて当たり前のように言う。
「だって美香ちゃんたちは女の子だもん。優しくしなきゃだろ?」
「…岬だって女の子じゃん」
夜久は解せぬ、とばかりに眉根を寄せて言った。
岬は夜久の顔を見つめていたが、やおらくはっと笑い出したかと思えば、わざわざ少年の瞳を覗き込むようにしてそれに対しての答えを告げる。
「いいんだよ。衛輔が女の子として見てくれてれば、他にどう思われたって気になんない」
夜久の顔が一気に真っ赤に染まった。
口が酸素不足の魚のようにぱくつき、そしてぐっと唇を噛む。
「お、真っ赤」
岬は頬杖をつくとくすくすと笑った。
そして面白そうに口角を上げ、囁くように言う。
「衛輔ってばかーわい」
次の瞬間、ゴッというそれはそれは痛そうな音がして岬は床に倒れ伏していた。
その傍ら、全身鳥肌となり青ざめた夜久が仁王立ちで拳を固めていた。
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