クリスマスのバカ
季節は町中が赤と緑、金や銀の星やら電球やらで飾り立てられる頃。
音駒高校男子バレーボール部の部室ではひと騒動あった。
「え、クリパ今日?ごめん俺欠席。毎年幼馴染みん家のやつに参加してんだわ」
山本の誘いをそんな言葉であっさり蹴れば声を大にして床に崩れ落ちる当人。
「そんな夜久さぁぁぁん!!」
「ちょっと…虎うるさい」
「まぁみんな急に言われても予定あるだろうしねー」
それをうるさがる者、心無い一言でトドメをさす者と色々だが、そんな中で黒尾はコートの前を閉めている夜久に近付いて聞く。
「幼馴染みってーと岬クンか。何?岬クンサンタコスとかしちゃうの?」
コートのボタンまで全部留め、夜久はニヤニヤ笑うクラスメートに視線をやった。
用心深い声音で呟くように言う。
「…言っとくけど黒尾の思い描くようなもんじゃないからな、絶対」
「ふーん?」
黒尾は相も変わらずニヤニヤしていた。
夜久はマジだっつーにと呆れ顔だったが、ふと何か思い出したのか一瞬宙を見たかと思うと「そーだ」と声を上げた。
「もし予定ないなら黒尾も来ない?岬の姉貴が話聞いて会ってみたいーってはしゃいでたんだよな」
「夜久さん!?さらに人員削らないで!!」
「岬クンのお姉さん?なんか美人そう」
「まー美人だよ。あそこ見事に姉妹で美形父の顔面遺伝子受け継いでるから」
「そいつは見てみたいもんだ。おーい研磨」
美人姉の情報にキラリと瞳を輝かせた黒尾は自身の幼馴染みに声をかけた。
当の研磨は怪訝そうに黒尾を見やる。
「…何?」
「岬クン家のクリパ行こーぜ」
「え…やだ」
「!そ、そーですよ!研磨は俺らとクリパするんス!!」
「え…それもやだけど…」
「ぅおい!!」
案の定の誘いと答え。
そして山本とのやり取り。
しかし黒尾に目配せされた夜久の言葉でそれは覆される。
「まぁクリパっつっても毎年ゲームやってチキン食ってケーキ食ってくらいだよ。今年のケーキはアップルパイつってたかな、ほらあの有名店のやつ」
「あ、行く」
「研磨ゴラァァァァア!!」
さらっと好物に釣られた同級生に吠える山本、あまりのうるささに黒尾が主将権限でお前だけ今から走ってくるかと脅され。
こうして夜久、黒尾、研磨は久米家へと向かったのだった。
◇◆◇◆◇
「あら、衛輔。お友達?」
呼び鈴を鳴らし、中から出てきたのはサンタのミニスカートコスに身を固めた美人だった。
顔立ちこそ岬と同じだが、緩く巻かれた長い髪と薄く施された化粧がぐっとその色気を引き出している。
「ん、部活仲間。よく話してるだろ、同じクラスの黒尾とその幼馴染みでいっこ下の研…孤爪」
「どもー」
「…こんちは…」
玄関に上がった夜久は慣れた調子でスニーカーを脱ぐ。
その後ろ、平然と胡散臭い笑みを張り付けた幼馴染みを盾に研磨がもそもそと挨拶する。
「こんにちは。あ、もうこんばんはかな。久米明里です、うちの岬とは知り合いなのよね?」
「ハイ」
姉・明里はにこにこと3人を代わる代わる見た。
手早くスリッパを出して中へと誘う。
「こんなとこで立ち話もあれね、さぁ入って入って〜。岬ー?衛輔来たよー!?」
でかいスポーツバッグを下げた面々をリビングに案内し、明里は妹に呼び掛けた。
それに呼応するようにして、間もなくキッチンから人影が現れる。
「あ、衛輔メリクリー」
鶏の形状の垣間見える照り焼きを掲げて立っていたのは茶色の全身タイツだった。
無駄に出来のいいトナカイの被り物の喉元から顔を出し、そこに下げられた金色のベルがチリンと澄んだ音をたてる。
「……うん、メリクリー…」
予想は出来ていた、と濁った瞳で夜久は幼馴染みにクリスマスの挨拶を返した。
わかっていた、わかっていたことだがやはり脱力感は否めない。
「 いいんじゃねーか、その…しゅっとしてて」
「うん…なんかあの…トナカイっぽさは出てるよ、しゅっとしてて」
「……そこのスタイリッシュバカちょっと」
一方で、チームメイト二人は半笑いと当惑顔でそんなコメントを重ねた。
夜久はもうどう返せばいいやらわからなくてとりあえず件のスタイリッシュバカを呼ぶ。
「やぁやぁなんだい衛輔!」と足取り軽やかに寄ってくる岬の鳩尾に「ふん!」と一発気付けの掌底を入れた。
チキンは研磨の保護により無事だ。
「毎年のことではあるけどもうお前ほんとどうなりたいんだよ!!」
「衛輔が望むなら私はサンドバッグにだってなるさ!」
「望まないよ!」
床で無駄にいい笑顔を輝かせる全身タイツなトナカイに夜久は声を枯らして嘆いた。
と、そこで不意に無機質な電子音が聞こえてきた。
リビングの外、廊下の方から聞こえてくる。
「あり、電話だ。私出てくるよ」
けろりとして起き上がった岬はタンバリン片手にスキップで部屋を出ていった。
短い距離なのにノリノリでジングルベルを口ずさみながらタンバリンをうち鳴らす後ろ姿に夜久は長く深い溜め息を漏らす。
たまに本気で考える。
どこがよくて好きになったんだっけと。
「…あーもー、わっかんないなちくしょ…」
「あら、何が?」
思わず呟いた声に明里が何でもないような調子で聞き返してきた。
夜久は少し迷い、渋りながらも結局は答える。
「え?やだ、もしかして衛輔気付いてなかったの?」
「は?」
それに対する明里の反応は顕著だった。
呆れと驚きの入り雑じったその表情に何のことだと夜久は怪訝そうに眉根を寄せる。
そんな夜久の顔に明里は少し肩を竦めると、告げた。
「岬がクリスマスの服ネタ系に走り出したの、昔衛輔がバレーに全然勝てないとかって泣いてばっかだったからよ」
まー今じゃただ本人が面白がってやってるみたいだけど、と苦笑混じりに続ける。
夜久はぽかんとしていたが、やがてみるみるうちに赤くなった。
だって、それは、つまり、と意味をなさない接続詞ばかりが頭の中を回りめぐる。
「衛輔ー?どしたー?」
耳まで染まった頃、タイミング悪く戻ってきたかと思えば不思議そうに顔を覗き込んでくる幼馴染み。
岬のドアップに耐えられず夜久は思わず頭突きをかました。
「わかるか!!」
「真面目に心配したのに!?」
予想外の攻撃にはさすがに弱いらしい、額を押さえて悶絶する岬に夜久は慌てて謝った。
コントまがいなそんなやり取りをよそに、傍観を決め込んだ3人は美味しくチキンをつまみ始めていた。
飾られたツリーの飾りが楽しそうにキラキラと輝いていた。
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