目が離せない、恋心



「…幼馴染みとの恋ってさぁ、男側だとなんかこう…女側のことが心配で目が離せない、みたいなんあるじゃん」

無駄に真剣な顔だから、何を言い出すかと思えば。
夜久は手元のハンバーガーにかぶりつこうとしていたのを止めると、呆れた目で黒尾を見つめた。
その隣、研磨はピコピコと素早い指さばきで携帯ゲームをこなしている。

「…何?昨日クラスの女子に混じって読んでた漫画の話?」

夜久はあまり乗り気でない声で、それでも質問を投げ掛けた。
瞳をキラリと光らせた黒尾は夜久をじっと見据えると芝居がかった口調で言う。

「そうとも言う。が、俺が言ってんのはお前の幼馴染みのことだ。でも見たとこ岬クンはドジでもなければおっちょこちょいでもなさそうであーる」

夜久は言われて脳裏に幼馴染みを思い浮かべた。
確かにコケるだのものを間違えるといったことからはかけはなれているなと内心頷く。
が、それを素直に表に出すのは、恥ずかしい云々以前に何か腹立たしい。

「…まぁあれただのアホだしな」
「そのアホに毎回振り回されて顔真っ赤にしてるくーせーにー」

黒尾は後半歌うように言いながら自分のジュースにぐっさりとストローを差した。
研磨は相変わらずピコピコやっている。

「で?好きって気付くまでも気付いてからでもそんな行程は?」

黒尾は目を爛々と輝かせて身を乗り出してきた。
夜久はギッと椅子を鳴らしてそれから遠退きながら、引いた表情でぼやくように呟く。

「なんでそんなグイグイ来るんだよ怖えーよ…」

しかし少し間を開けると、改まったように顎に手をあて考え込む。

「…目が離せない…なぁ」





◇◆◇◆◇



あれは小学校だったか。
男子の間で流行っていた度胸試しだったか、比較的細い木にどれだけ怖がらず登れるか、というのをある日岬がやったのだ。

「きゃー、岬くん木登りする姿もかーっこいー!!」

下で見守る女子の雄叫びどおり、岬はするすると登っていった。
男子のように幹にへばりついて足場をひとつひとつ確保、なんて一見間抜けな姿はなく、漫画か何かのようにそれはそれはひょいひょいと枝から枝へ伝っていく。

ある程度上まで行ったところで岬はニッコリ女の子たちに手を振る。

「あっはっは…あれ、なんかブーンて嫌な音が」

そして偶然通りかかった夜久は、幼馴染みが鎮座するその木を見て悲鳴混じりにそれを叫んだ。

「岬それ朝先生が雀蜂の巣あるから近付くなって言ってた木ー!!」





ある時は、遠足だか社会見学だかで行った動物園か。

「きゃー、岬くん蛇首に巻けるなんて勇気あるぅー!!」

クラス全員が動物との触れあいタイム、なんてものに参加し、美少年然として目立つ岬は真っ先に係員に指名されにこにこしながら蛇が肩に乗せられるのを待っていた。
なんとなくすぐそばにいた夜久は爽やかに女子たちに笑いかける横顔とゆっくりと蠢く蛇とを見比べていた。

そして、蛇のとぐろはゆったり岬の肩に巻き付いていた、そのはずだったのだが。

「あっはっは…あれ、なんか苦しいような。あれ…あるぇえええ…ってウゲェ」

蛇はストレスでも溜まっているのか何なのか、すーっと岬の首回りをもう一周したかと思うとそのゆったりしたシルエットをじわじわと締めにかかった。
比例して岬の顔は青くなり、夜久は手をメガホンがわりに叫んだ。

「係員さーん!すいません蛇が!蛇が客の首絞めてかかってますぅぅう!」





またある時は、中学の体育だったか。
ガァンと派手な音に驚いて振り返れば、バスケゴールの下に笑顔の幼馴染みがいた。
その回りには当然のように女子が群がっている。

「きゃー、岬くんダンク出来るなんて素敵ー!!」

しばらく眺めていれば不意にこちらに気付いたらしく、きゃあきゃあ黄色い声で騒ぐ女子を掻き分け岬がやってくる。
なんだ?と思っていれば、岬は手首を見せてニッコリ言う。

「衛輔衛輔!なんか関節外れちゃったどうしようてへ!」

掲げられた手首は不気味にぶらんと揺れた。
肌は紫に変色し、夜久は真っ青になりながら叫んだ。

「ぎゃぁぁああてへじゃないだろ病院ー!先生ー!」





◇◆◇◆◇





夜久は指を組んで過去を熟考していたが、やがて重々しく言った。

「…確かに危なっかしくて目は離せなかったな」
「夜久ごめんツッコませて。危なっかしいの意味合いがなんか違う気がする」

黒尾の勘だけによるツッコミは大いに的を得ていた。
隣の研磨は結局一度もゲームから目を話さず、ピコピコとボタンを操っていた。






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