コスプレ
夜久はベッドに寝そべり、掲げた手でボールを弄んでいた。
シュルシュルと独特な音を鳴らして掲げた両手の中でボールを回転させる。
赤と緑と白が残像となる、すっかり見慣れたそれを眺めていれば不意に聞こえてくる階下からの声。
声とはわかるものの膜をはったようにぼやけて聞こえないそれは次第にはっきりして、すぐドアの向こうに到達する。
「ヘーイチャオーんマイハニーもりす「ノックしろど阿呆!!」Ouch!!」
バーンと蹴破る勢いで開け放たれたドアを間髪入れず閉め返すと顔面でもぶつけたのかバチーンと痛そうな音が鳴った。
が、そのくらいでめげるたちでもないのは長い付き合いでわかっていることなので夜久はそのまま会話する。
「それで何か用かよ」
「用っていうかなんていうか」
「早く言え」
冷ややかにいい放つと岬はあっはっはと笑った。
そして微妙に開いた戸口から片目だけを覗かせて、にんまりと緩める。
「いやー、今日クラスで盛り上がってさ、色々コスプレしてみたわけよ」
「…?それで?」
どういうクラスだよ、と夜久は内心ツッ込んだ。
が、そもそも本人のお祭り好きは今に始まったことでもないのでひとまずは放置する。
「したらこれが大好評でさ」
「……自慢しに来たのか?羨ましくないけど」
「大丈夫、衛輔は羨ましがらないけど蔑みもしないのわかってるから」
「………あのな」
「まぁ、なので衛輔にも見せようかと」
「、は?」
夜久は一拍遅れて目を瞬いた。
その隙にがちゃっと扉が開き、岬の姿が露になる。
その格好はコスプレ、と聞いた時点で脳裏に浮かんでいた男装ルック……ではなかった。
むしろ逆というか、岬は適度にフリルのついた可愛らしいメイド姿をしていた。
首にかかる程度だった髪は何故かロングになっていて、さらさらと揺れるそれはいかにも「女」を感じさせた。
「っ!?」
「どう?似合う?」
一瞬で目を奪われた夜久に岬はおどけてポーズをとってみせた。
ひらっと揺れたスカートにまた夜久の頬が熱くなる。
「おおおおま…そのかっこ…てか髪…」
「ああコレ?ウィッグ、美容師志望の子がキャッキャしながらセットしてくれてさ」
やっとの思いで夜久が喉から絞り出した言葉も、岬はけろりとした顔でそう返した。
指先でつまんだ作り物の髪は彼女の地毛と綺麗に混ざって艶々と輝いている。
「……って待て!お前まさかその格好で学校から…!」
しかしそこで夜久は気付いた。
妙なところずぼらな幼馴染みのこと、わざわざ着替えを何度もするとは思えない。
そしてぐっと親指おっ立てウィンクしたバカは案の定だった。
「大丈夫だよ!みんな「アラ岬くん今日は女装デーなのねー」つってただけだよ!」
「どうなってんだお前の通学路の住人!?」
夜久は声高にツッ込みながらも岬から微妙に視線を外したままでいた。
視界のすみにいるだけなのに、意識はどうにも全部持っていかれる。
「…っ」
少しでも岬本人が照れていたら、素直に「可愛い」と言えそうだったのに。
夜久は正直そんなことを思わずにはいられなかった。
が、散々見せびらかして満足したらしくこちらに背を向けていた岬の振り返った横顔は穏やかに綻んでいて、自分の言葉など見透かされていることを実感する。
「おっとこんな時間だ!じゃあね衛輔!」
「オイうちからその格好で出るな!!」
「今さら今さらー!!」
ふはははと高らかに笑いながら出ていこうとする岬、夜久は照れと一般常識の狭間で悲鳴を上げながらその首根っこを引っ付かんでひき止める。
「お前に恥じらいってないの!?」
「心配御無用、心の奥底の金庫に厳重に支舞い込んであるさ!」
「出してこい今すぐ!」
「残念、暗証番号がわからない!!」
「お前バカほんとにバカ!!」
ギャアギャアとやかましいながらに双方本気ではない言い合いは続く。
幼い頃からのそれは、結局どちらもひっそり笑みを浮かべてしまって大体決着がつく。
「うりゃ!」
「ふぉっ!?」
夜久は岬の鼻を摘まんでちょっと力を込めた。
思いがけない攻撃に目を瞑った岬はやや不満そうに唇を尖らせる。
「…お前何故かこれされると大人しくなるよな」
「…そうだっけ?」
いつしか床に座り込んだ二人はやがて顔を見合わせるとにひ、と笑い合った。
夜久はもう慣れてきたのかまだ頬の熱は冷めきらないものの、岬を見て穏やかに瞳を細める。
吹き込んできた風に、部屋のカーテンが柔らかに膨らんだ。
差し込む陽射しがガラスを通して小さな虹色の輝きを生んでいた。
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