こんなこともあった
男女の幼馴染み、といえば避けては通れぬとも言うべき道がある。
いやもちろん例外はあるが。
そしてその公式は、夜久と岬の二人にも当てはまったりするのである。
◇◆◇◆◇
それは、夜久と岬がまだ小学生の頃のことだった。
厳密に言えば小学校4年か5年、まぁ言ってしまえば男女間の友情の有無がひどく面倒な時期の話である。
二人のクラスはそれまで同じだったり違ったりで、延々ベッタリしていたわけではなかった。
が、やはりどこか他の同級生に対してよりも互いに安心感があるような、そんな安定した関係性のあった二人はたとえ岬のキャラがどうであっても夜久の身長が学年で1、2を争う低さであっても悪ガキたちにとってはただからかうための対象だった。
中でも、特に学年で目立っていた少年はことあるごとに岬を目の敵にし、二人を囃し立てていた。
…その影に、当時その少年が密かに想いを寄せていた学年1の美少女が例に漏れず岬に夢中だった事実があるのだが、それは敢えて言及すまい。
少年は毎日のように岬に対し何だかんだと言っていた。
岬の悪口が多く、それに対して怒る夜久は彼にとっては目の上のたんこぶ、第二の標的だった。
夜久が大人しい性格ならそれこそ苛めに発展していたのだろうがそこは岬と夜久のこと、そんな事態には陥らず二人はそこそこに平和な日常を送っていた。
が、少年はどうにかこうにか二人を辱しめたいやら鬱憤を晴らしたいやらで、手下とも言うべき仲間を引き連れるとどちらかに幼稚な文句を浴びせかけては嘲笑っていた。
そしてある日の帰り道。
その標的は夜久、頭の悪い文句を垂れた少年はバカのように笑いながら大声でそれを叫んでいた。
「おい、見ろよ!夜久のやつ、またおとこ女と帰ってるぜ!」
おとこ女、は比較的よく岬に向けられていた言葉だった。
まぁ言われている本人は全くと言っていいほど気にしておらず、ある意味悪口になっていない単語だったのだがともかく。
「……飽きないね、君ら」
岬はやれやれとランドセルを背負い直すと肩を竦めながら呟いた。
その隣、夜久がきゅっと眉根を寄せて少年たちを睨み付ける。
「おい!岬のことおとこ女とか言うなよ!」
声変わりしていないボーイソプラノが叫ぶ。
が、それを少年たちはまた笑い、ひゅーひゅーと下手くそな口笛を吹いて囃し立てた。
「夜久はおとこ女とらっぶらぶぅ!」
「、こ、の…!」
夜久は耳を真っ赤にさせて眦を吊り上げた。
囃し立てられるのはまだいい。
夜久はただ、岬をバカにされるのがどうしても許せなかった。
と、その矢先だった。
「おーい」
「あ?なん、だ…ッ!?」
フッとその耳に吹き付けられた息は、少年の全身を粟立てた。
見事な反射神経で飛び退き、悲鳴を上げた彼にいつのまにかその背後に立っていた岬はただ爽やかに笑う。
「うちのおねーちゃんが言ってたけど、そーゆーのって後々『黒歴史』になるらしいよ、やめといたら?」
ニッコリして言う岬はどこか大人びて見えた。
それはおそらく、この時期ありがちな男女の精神的発達だとかそんなものによる差なのだが、それは容易く少年の神経を逆撫でる。
「いっみわかんねーよ!!」
少年は荒く叫ぶと岬を突き飛ばして逃げるように駆けていった。
結構な力だったらしく、ふらついた岬はそのまま尻餅をつく。
「岬!」
夜久は慌てて岬に駆け寄ると膝をついてその顔を覗き込んだ。
平気だよ、と朗らかに微笑む幼馴染みにほっと眉間のしわを緩める。
「大丈夫か?痛くねーか?」
「へーきへーき。それよかありがと、衛輔」
「?」
へらりと笑った岬は、首を傾げた夜久の耳にそっと口を近付けると囁いた。
「怒ってくれたの、私のためだろ?」
「!」
見抜かれていたことで夜久の瞳が動揺に見開かれた。
にこり、笑った岬は穏やかな声音で言う。
「優しいよな、衛輔は」
「……別に、そんなこと」
夜久は視線をそらすとモソモソと言葉を漏らした。
その横顔に岬は大人に向ける愛想笑いでも女子たちに向ける王子スマイルでもない、柔らかな笑みを浮かべる。
「ありがと」
昔から、少年にだけ見せるその表情に夜久の心臓は大きく高鳴った。
酸素を求めるように薄く開けた口から意味もなく音が漏れる。
「、あ…」
「岬くーん!!」
しかし夜久が声を発する前に、いつのまにいたのか、クラスメートの女子たちが岬目掛けてどどっと押し寄せた。
この年代、女子の身体的成長もまた早く、そして悲しいかなその昔から比較的小柄な夜久はあっさりと彼女たちに弾き飛ばされる。
「大丈夫!?」
「怪我は!?学校戻って保健室行く?」
「ひどいよね、ほんとあいつらサイテー!」
少女たちはニコニコ王子スマイルを浮かべた岬に口々に言った。
そして互いの顔を見合わせ、結論に辿り着く。
「やっぱ岬くんだよね〜!!」
少女たちの残酷かつある意味わかりきっていたそれに男子たちは内心涙した。
そして夜久も彼らとは異なりながらも、顔をひきつらせてすっかりお馴染みな情景を見つめていた。
―…この先何年もまだ続くそれに、ただ全身を硬直させながら。
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