Vol.6/記憶の水晶
「…頼み…とは、具体的には何をして欲しいのですか?」
しばしの沈黙の後、弥勒がかごめに変わって話題を再開させた。
リボーンの顔にふっと真剣な色が浮かび、振り向かずに後ろの少女を呼ぶ。
「奏多」
奏多はそれだけですっと動いた。
彼女は背負っていた荷から艶のある布が張られた小箱を取り出し、ぱかりとその蓋を開いてリボーンに差し出した。
赤ん坊は慎重な手付きでその箱を受け取り、弥勒と珊瑚に中身を見せる。
「オレ達はこいつを隠しに来たんだ」
箱の中にあったのは奇妙なものだった。
形を言うなら、手のひらですっぽり包み込めるくらいの卵形をした水晶。
しかし不思議なことにその中で鮮やかな橙の炎が踊っている。
「…これは一体…?」
「『記憶』だ」
弥勒の問いにリボーンは淡々と答えた。
その間にも水晶の炎がヒラヒラと揺れる。
「つってもまぁ、性質としては能力増長ってとこだな。手にすりゃ誰でもってわけじゃねぇが」
「!それって…」
かごめは言いかけて口をつぐんだ。
四魂の玉に、似ていると思った。
けれど違うとも思った。
相反する思考にかごめはただ黙り込む。
「………」
リボーンはしばらくかごめを見つめていたがやがて視線を外した。
変わらぬ調子で話は続く。
「来るべき時までこれをオレ達の世界から切り離すために、オレ達はここに来た。だが、生憎妖怪蔓延る土地だと色々やりづらくてな。案内人を探してたんだぞ」
リボーンは言い終えるとニヤリと口元を歪めた。
それは、質問は許せども真実を答えとして返すかどうかはわからないとそんな色が含まれていた。
「…なるほど」
また沈黙が流れ、それを破ったのはやはり弥勒だった。
顎に手を当て、慎重な面持ちで思案にふけっている。
「けっ。俺はお守りなんか御免だぜ」
それに水を差すように犬夜叉が野次った。
途端、突き刺すような殺気が走りそれとはあべこべに酷く楽しげな声が紡がれる。
「『はい』以外の返事は『死』を現すからな」
「!?」
犬夜叉は戦慄した。
弥勒達も肌に感じたそれに身を固める中、また奏多がぼそりと漏らす。
−犬夜叉にだけ聞こえるように。
「…従っといた方が身のためだよ」
「何を…」
犬夜叉は奏多に噛み付こうとした、その時だった。
「…犬夜叉、一緒に行ってあげましょうよ。いざ怪我でもしちゃったら大変だわ」
かごめが考え込みながら言った。
犬夜叉の金色の目がギョッと見開かれる。
「んなっ」
「そうだね。聞いたとこ妖怪には慣れてないみたいだし…」
「女人一人赤子一人ではさぞ心細いでしょう、いやはや」
弥勒と珊瑚もかごめの言葉に賛同を示した。
犬夜叉の顔がみるみるひきつっていく。
「ねぇ、犬夜叉。いくらさっきは負けたとしても、妖怪相手じゃまた違ってきちゃうわよ」
「〜っ!」
諭すように言うかごめに、犬夜叉もとうとう勝手にしろと投げ出した。
「言っとくが妖怪はそんなあまっちょろいもんじゃねーんだ!せいぜい足手まといになんなよ!」
犬夜叉はそれだけ言うとあとはむっつりと黙り込んだ。
それを眺めながら、奏多が三度ぼそりと漏らす。
「…リボーンの存在そのものが妖怪みたいなもんだけど」
その瞬間、黒光りするものが奏多の眉間に押し当てられた。
底冷えするような声が短く問う。
「なんか言ったか奏多」
「何も言ってません」
銃を突き付けられて奏多は即座に両手を挙げて降参のポーズを取った。
殺伐としたやり取りに冗談めいた空気の欠片もないことが空恐ろしい。
一行は無言で成り行きを見守った。
「じゃ、決まりだな。これからしばらくよろしく頼むぞ」
間もなく何事もなかったかのようにリボーンは銃をしまった。
その顔に浮かぶ、何とも皮肉めいた表情が水晶の中で揺れる炎に歪んで見えた。
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