Vol.4/及第点
「がはッ」
犬夜叉はそのまま木に激突して動かなくなった。
「い、犬夜叉!」
「!お待ちなさいかごめ様!」
慌てたかごめが駆け寄ろうとして弥勒に引き戻された。
「ぐッ!!」
しかし次の瞬間には弥勒が吹っ飛ばされる。
「弥勒さま!」
「法師様!!」
いつの間に現れたのか。
弥勒を吹っ飛ばした大きな影はズシリと重い足音を立てて弥勒に近付いていった。
ギョロリとした目の、大きな鳥だ。
しかし妖怪ではないらしく、妖気は感じられない。
そのことに混乱するうち鳥の足が弥勒の胸を蹴りつけた。
「…ッがふ…っ」
「法師様…!」
苦しそうな弥勒の声に、珊瑚が思わず駆け寄ろうとした時だった。
鳥の後ろから先ほどの影が飛び出して珊瑚に足が降り下ろされた。
「はっ」
咄嗟に飛来骨で弾くも、影は音もなく着地してまたにやりと口元を歪める。
「かごめちゃん下がって!」
珊瑚がすかさずかごめを庇うように立ちはだかった。
すると影は自分の背に手を差し入れて何やら黒くて小さなものを取りだし、上に向ける。
ズガンという轟音。
怯んだ珊瑚にまたしても脚が襲い掛かった。
が、ギリギリのところで体を捻り、ダメージを半減させ転がるように影から離れる。
影は小さくくるりと回転して体勢を立て直す。
珊瑚も体勢を整えながら、影をしっかと睨んだ。
「 (、あら…?) 」
同じように影を睨んでいたかごめはふと気付いた。
影の出で立ちが、おかしい。
それにさっきの威嚇も、あれは拳銃だったような…?
かごめは改めて影の格好を見た。
短いパンツにブーツ、そしてパーカー。
顔は深くかぶったフードとゴーグルで隠されている。
素材も見る限り完全に己の時代で見慣れたものであるが故、違和感こそ抱いたものの気付かなかったのだ。
影の口元が三度、歪んだ。
腰の辺りからすいと何やら小さな箱を取り出す。
影の指に見えた指輪に雷が走り、指輪の飾り部分を箱に打ち付けたかと思うと箱から雷を帯びた白い巨大な狼が飛び出してきた。
珊瑚をしばらく睨んでいたが、やがて牙を剥き出すと突っ込んでくる。
想像以上の速さに珊瑚も雲母も対処できず、地面に引き倒される。
「珊瑚ちゃん、雲母!」
「!っ危ない、かごめちゃん!」
「…っ!」
気をとられた隙に、影はかごめに詰め寄っていた。
しかしそこに降ってきた、赤と銀。
「この野郎!」
鉄砕牙を振り回すと影はひょいっと離れた。
「い、犬夜叉!」
「大丈夫か、かごめ!?」
「あたしは…でも弥勒さまと珊瑚ちゃんが…!!」
かごめの悲痛な声とその場の惨状に犬夜叉は低く唸った。
影は焦る様子もなくまた腰から箱を取り出して指先で弄んでいる。
「許さねぇ!」
犬夜叉は刀を振り上げて飛びかかった。
影はピン、と箱を大きく指で弾く。
雷を帯びた薙刀が箱から出てきた。
それぞれの得物が交差し、凪ぎ払ってはまた打ち合う。
「くっ…」
どうにかしなければ、とかごめは影の薙刀目掛けて矢を放った。
矢は薙刀に見事命中、大きく揺さぶられて影は得物を取り落とす。
「観念しな!」
好機とばかりに犬夜叉は影に飛びかかった、しかし。
「んげッ!!」
軽やかに後ろに一回転して繰り出された蹴りに顎を強打され、犬夜叉は地に落ちた。
体勢を整えた影はまた箱を取り出した。
今まで見えていなかったが箱の蓋らしい面には丸い穴が空いている。
そこに青い炎を灯した指輪の飾り部分をねじ込み、蓋をこちらに向ける。
「きゃっ…」
飛び出してかごめの足に直撃し、うねうねと蠢いて全身を捉えようとする青いスライムのようなもの。
逃げようともがくも動かないし、更に段々手足から力が抜けていく。
スライムが座り込んでほとんど動けなくなったかごめに襲い掛かろうとした、その時だった。
「誰がそこまでやれっつった」
「ゴフッ」
影の頭部に小さな黒い何かが激突してゴキンと嫌な音を立てた。
「もういい。ある程度わかった。離してやれ」
黒い何かはすたりと手近な岩に着地して影にそう告げた。
「へーい」
今までの緊迫感はどこへやら。
間の抜けた返事と共に、吸い込まれるようにして影の持つ箱に消える動物やスライム。
箱を腰の辺りに収納し直したらしい影が黒い何かの傍らに控え、やがてそれ…黒いスーツにボルサリーノをかぶった赤ん坊…は静かに口を開いた。
「ま、及第点だな。おめーら、ちょっとオレ達の頼みを聞いちゃくれねーか?」
つぶらな瞳をしているくせに、その顔に浮かんでいるのはニヒルな笑みだった。
▼ BookMark