Vol.2/始まりの前





曇り空の下、白銀の髪とそこから覗く獣耳、そして赤い着物姿の少年が駆ける。

その背中には緑と白の何やら奇妙な出で立ちの少女。

また、彼らの隣では唐獅子にも似た炎を纏う獣が滑空していた。

それに跨がるのは黒装束のこれまた少女と法師らしい有髪の青年。

よく見れば少年の肩には黄金色の尾を携えた幼児も乗っかっている。

この奇妙な一行は彼らの前方を飛ぶように走る狒々の皮を被った影を追っていた。

「待ちなさい、奈落!」

凛とした声で少女が叫び弓矢を構える。

間もなく放たれた矢は影を掠めたが近くの木に突き刺さるに終わった。

「くくっ、どこを狙っている?」

「奈落、覚悟!」

続けて上空から数枚の札と巨大なくの字型の得物が影を狙う。

「くくく…」

しかしそれをもかわした影は一瞬不気味に浮き上がった。

そしてごぼりと嫌な音をたて沸き出すように影を包む液とも気体ともつかぬ煙のようなもの。

「障気!」

もう少しで追い付けそうだった少年は慌てて飛び退いた。

奈落と呼ばれた影は低い嘲笑を残し、やがて空に消え去る。

「畜生…っ」

その場に残された一行はしばらく悔しそうに空を見上げていた。

ポツリ、ポツリと雨が降り出し、やがて彼らは追跡を中断せざるを得なくなった。



     

さて、その同時刻。

彼らが位置する森の外れからきっちり反対側、物凄い速さで駆け抜ける影とそれを軽やかに追う白い獣が一匹。

獣は雷を帯びており、その背中には黒で全身を固めた赤ん坊が乗っている。

「ちょっ…タンマタンマリボーン!今回私の特訓じゃないでしょ!?」

影…胸の辺りに女性特有の膨らみがあることや短いパンツを履いた下肢の形状からして少女らしいことがわかるそれは走りながら主張した。

「何言ってんだ、継続は力なりだぞ。こんな機会そうねぇからな、お前もねっっちょりしごいてやる」

しかし獣の背で悠々としている赤ん坊はあっさりそう言ってのける。

少女はただ己の命運を嘆くしかない。

「ノォォオォオ!!!」

「そらそら、スピード落ちてんぞ。噛み付けビーク」

しかしそんなことは知ったこっちゃないと言わんばかり、愉しそうに指示を飛ばす赤ん坊。

刹那バクン、と大きく空を噛む音が耳を打つ。

「ちょっ、ビークてめっ、誰の炎で生活してると思ってんだゴルァ!!」

すんでのところでかわした少女は走りながら後ろに向けて叫ぶ。

「お前だな。そしてこの長いものには巻かれろ精神もお前だ」

「そうでしたッ!!」

が、淡々と返された答えに涙目になりつつ、少女はただ走り続けた。

日は傾き、やがてあたりがとっぷりと暗闇に包まれて尚少女と獣は走り続けた。

走ったあとにはブーツと獣の足跡が一直線にくっきりと刻み込まれていた。



謎の妖怪通過説がこの地域一帯に広まるのはほんの数時間後のことである。






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