Vol.11/ちゃおっす
風が鳴り、家中がガタガタと音を立てた。
一行は仮眠中だったが、各々自分の得物を手に気を張り詰める。
と、そこに聞こえてくるひとつの寝息。
「しゅぴー、しゅぴー」
鼻提灯を膨らませ、呑気に天井から吊り下げたハンモックで眠るリボーン(ただし開眼したまま)だけは通常運営だった。
就寝前、ハンモックに乗りたがり敢えなく却下された七宝はじとりと睨む。
「なんなんじゃ、あいつ」
「奏多、大丈夫なの?」
珊瑚も困ったように奏多にたずねた。
ゴーグルをつけ直していた奏多はフードをかぶり、口元だけでニィと笑う。
「全員で寝込み襲ったところでリボーンにゃ勝てないよ」
「けっ。あんなちんちくりんに何が出来んでぃ」
犬夜叉は立ち上がり刀を腰に差すと、吐き捨てるように言った。
瞬間、チュインという金属が素早く擦れる甲高い音と共に犬夜叉の頭に生えた犬耳の先が焦げる。
ハンモックでは変わらず鼻提灯が揺れているが、発砲元がそこであることは間違いない。
奏多はそれみたことかと言わんばかりの眼差しを犬夜叉に向けると、指輪を嵌めた手を軽くコキコキと曲げた。
「…そんで?」
視線を投げたその先には、片膝を立て、じりじりと身構える弥勒と珊瑚の姿があった。
後方では七宝を抱いたかごめが真剣な面持ちで立ち竦んでいる。
「…妖気が立ち込めている」
「こりゃなかなか厄介そうだよ」
奏多は妖気こそあまりピンとはきていなかった。
が、言わんとすること、そこらを漂う嫌な感じがそれなのだろうと見当をつけると腿のホルスターから抜き取った銃を構える。
「…来るぜ」
いつのまにやら復活していた犬夜叉が開け放した戸口から外を見ながら静かに呟いた。
刹那、爆発的に濃くなる「嫌な感じ」。
視認できる紫の煙状のものがどろどろとそこらを這い、緊張が走る。
そして。
「おっと!!」
煙に紛れ、操り人形のような歪な動きで現れそして犬夜叉目掛けて斧を降り下ろしたそれは年若い青年だった。
なかなか容貌は整っていそうなものだが、こけた頬とよろしくはない顔色でそのルックスを損なっている。
「へっ、おいでなすった」
「これは…」
攻撃をなんなくかわした犬夜叉は不適に笑んで指を鳴らした。
傍らに立った弥勒が男を見て言う。
「血の涙…!?」
その言葉通り、男はその双眸から真っ赤な涙を流していた。
よくよく見ればその面持ちは異様にひきつり、瞳には恐怖の色が浮かんでいる。
そしてその頬には歪な紋様が描かれていた。
「あれは…」
「知ってんのか、珊瑚」
「うん…呼び方は特に定まっちゃいないけど…。…こりゃまた厄介なやつだよ」
「ですな。私も以前一度見たことがある…。恐怖や悲しみ…人の負の感情を好み、その魂を食らうという妖怪だ」
「けっ」
弥勒と珊瑚の解説に犬夜叉はバキリと指を鳴らした。
鋭い爪を構え、地を蹴って大きく跳躍する。
「要はタチの悪い妖怪ってことだろ!」
そして犬夜叉は男に爪を奮おうとした。
「散魂鉄、っぐっ!?」
しかし刹那、脳裏に流れたものに全身を硬直させて止まる。
「うわっ!」
「犬夜叉!」
犬夜叉は男のスイングした斧にぶち当たって飛ばされた。
とはいえ幸いにもそこまでの威力は発揮されることはなく、犬夜叉はよろめきながらも無事着地する。
しかしその額には汗が滲み、息は上がっている。
「(くくく…バカめ、儂はその男の中になどおらぬ)」
「なんだと…?」
不意に全員の頭の中にそんな声が聞こえてきた。
「(嬉しや…これほどまでに傷付いた魂が揃っているとは…)」
頭に直接呼び掛けてくる声。
トラウマ、嫉妬、そして恐怖の記憶が一行の脳裏にまざまざとよみがえる。
まるで無理矢理目を抉じ開けて見せられるようなそれに、全員の足がすくんだ。
中で、へなへなと座り込んだ珊瑚の頬にうっすらと紋様が浮かび上がる。
「気をしっかり持て…っ、珊瑚!」
「…こ…はく……」
気付いた弥勒が必死に呼び掛けるも、珊瑚の頬の紋様はじわじわと色を濃くしていく。
瞳に盛り上がる涙は次第に赤が混じり出し、頬に痛々しい跡を残して顎に流れ落ちる。
「さ、珊瑚ちゃん…」
「くっ…!」
ガクガクと体を震わせた弥勒は懐から呪符を出し、印をきった。
一定の範囲を囲う結界を張り、その中に珊瑚を引き入れてぺちぺちと頬を叩く。
「琥珀…」
珊瑚はぐったりと弥勒に体を預けてただ呻くように呟いていた。
弥勒は辛そうに眉を歪め、その肢体を抱き締めてやる。
「くっ」
それを横目に、弓を構えたかごめは矢を放った。
破魔の気を纏ったそれは立ち込める煙を浄化するが、決定打には至らない。
むしろ変に刺激したせいなのか、煙は一行を囲むように蠢き出した。
油断なく構えながらも、嫌な汗が滲む。
どうしよう、どうすればいい。
考えろ、考えろ。
かごめは弓を握り締めキッと定まらぬ敵を睨む。
と、その時だった。
「カオスショット」
爆音と共に、金色に輝く無数の銃弾がはしった。
特殊な軌跡を描いて煙を突き抜けたそれは壁の一部を弾き飛ばす。
煙は穴から外に漏れ、中の邪気が薄まる。
「(貴様…!儂の呪煙を…!)」
息を飲んだ声に発砲元はニィと笑んだ。
差し込む月明かりにボルサリーノが浮かび上がる。
「ちゃおっす」
クルッとその小さな手のひらの中で一回転した拳銃が鈍く輝いていた。
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