君の慰め





「…で?」
「?」

夏帆は今まで眺めていた携帯を遥に投げ返してやりながら言った。
危なげなくキャッチした遥は不思議そうに首を傾げる。
夏帆はそれを呆れたように眺めて少し険しい口調で言う。

「?じゃないでしょ。デートして恋ってもんが少しはわかった?」
「………さぁ」

遥はあまり反応を見せることなく夏帆から視線を外した。
改めて自分で携帯を開き、ディスプレイを見つめる。
そこには、水族館でふざけ半分に撮り合いした菅原の写真が映っていた。
照れたような笑顔でブイサインするそれに、遥はちょっと口角を上げる。

「…遥ってさぁ、ドキドキとかしないわけ?」
「…そーゆーのはよくわかんないけど…」

遥は携帯を閉じると少し間を置き、それを見つめたままゆっくりと言う。

「菅原といるのは楽しいし…菅原が笑ったら嬉しくなる…」
「…なーんか違うような…」
「?」
「恋ってさぁ…」

しかしその答えは不服だったらしい。
夏帆が何か言いかけた時だった。

「お、三浦ちゃんだ」

軽い調子の声が聞こえてきて、夏帆の瞳が急に輝いた。
声も普段より高くなる。

「先輩!」
「やっほー。あ、今日は友達も一緒なんだねぇ」
「は、はい!」

遥が振り向いた先にいたのは、人懐っこそうと言えば聞こえはいいがなんとなく軽薄そうな印象を受ける男だった。
案の定という感じで男はにっこりして遥に声をかけてくる。

「名前教えて?」
「………嫌です」

遥は無表情に答えた。
途端に男の笑顔が固まり、夏帆が乱暴に遥の腕を引く。

「ちょっと遥!」
「………」

遥は軽く顔を背けた。
夏帆が憤慨する正面で、男は我に返ったらしくまた言葉を重ねる。

「遥ちゃんって言うんだー?三浦ちゃんといい2年は特に可愛い子多いなぁ」
「かっ…!?」

夏帆は赤くなった。
その隣で遥はいつになく眉根を寄せて夏帆を引っ張る。

「…なっちゃんもう行こ…」
「は!?何言って…引っ張んなこらっ!先輩〜、また〜!」
「またなー」

男は穏やかに手を振って見送っていたが、遥の目に親愛の色は浮かぶことはなかった。




○●○●○





「ちょっと遥!いい加減止まってよ!」
「………」

声を荒げた夏帆に遥は突然足を止めた。
そのせいで夏帆は思いっきり友人にぶつかるが、ぶつかられた本人は何事もなかったかのように淡々と口を開く。

「あの人よくないと思う…」
「はぁ!?何を根拠に…」

遥の言葉に夏帆の眉がつり上がった。
遥はちょっと困ったような顔になりながらも言う。

「…勘…だけど…」

夏帆の耳が真っ赤に染まった。
あ、と思っている間にその怒りは爆発する。

「…あたしに構ってる暇あるなら、菅原とでも過ごしてなよねっ!」
「なっちゃん…」

夏帆はどかどかと歩くと消え去った。
遥は無意識に伸ばしかけていた腕を下ろし、溜め息をつく。
追い掛けようかと迷っていると、後ろから近頃すっかり聞き馴染んだ声がかけられる。

「千葉?」
「…菅原…」

遥は菅原を見て一瞬笑みに似た表情を浮かべるもすぐに顔を曇らせた。
首を傾げた菅原がとことこと近くまで寄ってくる。

「どした?なんか凹んでない?」
「…ちょっと喧嘩した…」
「あらら…」

遥の答えに菅原は思案顔で腕を組んだ。
遥はしょんぼりと肩を落として立ち尽くす。



しばらく沈黙は続いた。
が、ふいにそれは破られる。

「千葉はさ、悪いこと言ったとか言っちゃいけないこと言ったと思う?」
「……思わない。けど、言われたくなかったとは…思う…」

菅原の言葉に遥は俯いて言った。
垂れた髪が横顔を隠す。

「…だったらさ、それは多分その人はいつか受け取らなきゃいけない言葉だったんだよ」

そこに、菅原の声がかかった。
穏やかなそれは宥めるような響きで続く。
顔を上げた遥がその笑みをじっと見、菅原は腰に手を当てて歯を見せる。

「だから千葉は悪くないよ」
「………」

遥はただ菅原を見続けた。
沈黙に耐えられなくなったらしい菅原はちょっと視線を泳がせてから付け足す。

「…と、俺は思いマス」
「…………」

遥はまた少し黙っていたが、やがてふっと表情を和らげた。

「…菅原…ありがとう…」
「…どういたしまして」

吹き込む風が髪を揺らし、窓の外から射し込む木漏れ日が柔らかさを生み出していた。






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