なかむつまじく



「ごちそうさまでした、と」
「ご馳走さま…」

食事を終えると、二人は真っ青な世界へと足を踏み入れた。
巨大な水槽の中を悠々と泳ぐ魚たちを眺めながら少しずつ進んでいく。

「そういえば3時からイルカショーあるみたいだね。千葉さんイルカ好き?」
「うん…可愛い…」
「んじゃそれ観に行こっか?」
「行く…」

菅原は入口で見た案内板の内容を思い出しながら言った。
遥は短い言葉ながら意思を示して、その隣をゆらゆらと歩く。
そうして歩くことしばらく。
若い女性の団体が二人を追い抜き、通り過ぎ様に興奮したような声が聞こえてくる。

「ねー、今の子達カップルかなー?」
「そうでしょー。手は繋いでないとこ見ると、初デートかね?」
「やだ、超カワイー!」

…そんなモロにバレるものなのかと、菅原は耳が熱くなるのを感じながらそう思った。
遥は今のが聞こえていたのだろうかとチラリ視線をやるが、そちらに表情の変化は見られない。

「…菅原…」
「、何?千葉さん」

が、ふいに遥と視線がかち合い、呟くように名前を呼ばれて菅原は反応が一瞬遅れた。
取り繕うように首を傾げてみせると、遥も同じ方向に首を傾けながらゆっくりと話す。

「…それ…」
「え?」
「「千葉さん」…っていうの…変えない…?」

遥はじっと菅原を見つめながら言った。
菅原は落ち着きなく視線を泳がせたがやがておずおずとした調子で口を開いた。

「え、あ、えーと…じゃあ…千葉?」
「ん…菅原がそれが呼びやすいなら…」

遥はひとつ頷くとすいと足を早めた。
それに合わせてややペースを速めながら、菅原はふと思い付く。

「……遥?」

ただ思い付いた、だけのはずだったのだが。
菅原は目を丸くさせてこちらを見る遥に、それを音にしてしまっていたことに気付いて耳の赤を顔にまで及ばせた。
火照る頭を必死に回して、しどろもどろに口を開く。

「や、あの今のは…」
「…孝支くん」

そもそも言い訳すべきなのか否かという問題に菅原が悶々としているとぽつりと聞こえてきた自分の名前。
弾かれたようにそちらを見やれば、目を伏せて少し頬を染めた遥が映る。

「…て、たまに呼んでもいい…?」
「…たまに?」

遥の言葉に菅原はまた首を傾げた。
遥はうん、とひとつ頷いてから囁くように付け足す。

「いつもは…なんか、照れ臭いから…」

菅原はゆっくりと目を瞬いて遥を見つめた。
やがて表情を和らげ、綺麗に並んだ歯を覗かせる。

「…じゃあ俺も。たまに、名前で呼んでいい?」

遥はまた菅原を見た。
そしてはにかむように笑う。

「うん…」

二人は照れ臭そうに視線をかわすと、水槽の中に見入った。
なんとも幻想的な青を鮮やかな魚達が彩る様は見事なものだ。
並ぶとき空く隙間は、少しだけ小さくなっていた。




○●○●○




「イルカすごかったねー」
「うん…私もやってみたい…」
「あれ、泳ぐの苦手って言ってなかった?」
「……菅原がいじめる…」
「いじめてないです!ごめんごめん」
「………ん」

イルカショーを観終えると、かなり打ち解けた雰囲気になっていた。
思い出の共有は、やはり親近感を抱くに最たるものらしい。

「じゃ、後は残りの通路ぐるっと巡ってそれで土産物屋さん行こっか」
「うん…」

クラゲをメインにした暗い通路を通り、トンネルを通り、ペンギンコーナーを抜ける。
最後に土産屋に入ると、遥は小さなぬいぐるみの前で足を止めた。
菅原は家族にでも買って帰ろうかと菓子類を眺めていたが、遥の見ているものに気付いて声をかける。

「欲しいのあった?」
「…イルカとペンギンどっちにしようかなって…」

遥が見ていたのは何やら丸っこいフォルムのぬいぐるみだった。
持ってみるとやたら柔らかく、説明書きには中身が綿ではないことがつらつらと書き述べられている。

「……イルカにする」

しばらくして遥はペンギンを棚に戻した。
菅原がいいのかと問い掛ければ、よくよく見たらペンギンは目が何か嫌だったと返していそいそレジに向かう。
菅原はそれを追い掛けると腕の中からイルカをひょいと抜き取った。
戸惑うように見上げてくる遥に微笑みかけて、言葉を紡ぐ。

「これ、俺にプレゼントさせてくれない?」
「え…?」
「…初デート記念、とか」

遥は菅原が口にしたそれに少しぽかんとしたようだった。
が、見ている内に表情が綻んで礼を告げる。

「…ありがと…」

言うと遥はちょっとあたりを見渡して、ストラップコーナーに目をつけた。
指先でストラップの先にぶら下がるモチーフをつつきながら、ひとつひとつを丁寧に見つめる。

「じゃあ私も菅原に何か買う…」
「え、」
「…他のものの方がいい…?」

遥はうかがうようにして菅原を見やった。
そのことに菅原は慌てて首を振り、瞳を和らげる。

「…ううん。ありがと」
「…こっちこそ」

そこから数分、ストラップコーナーには仲睦まじげな二人の姿があった。


帰り道には、それぞれの腕と携帯とに同じデザインのぬいぐるみとストラップが鎮座していた。





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