君への感情




「…菅原…」
「!千葉!」

小さな手提げを持った遥に菅原はぱっと顔を輝かせた。
彼女が立つ戸口まで急ぎ、にこにこして要件を促す。

「どしたの」
「うん…あのね菅原…お昼…今日お弁当…?」
「?ううん、学食か買い弁のつもり。あ、もしかして今日一緒に食べれる?」

なら嬉しいけど、と菅原は首を傾げた。
遥はほっと息をつくと、少し視線を泳がせながら手にしているそれをわずかに持ち上げる。
菅原は目をぱちくりさせていたが、それが自分に差し出されているらしいと察してそっと受け取り、遥を見た。

「だったら…美味しくないかも…だけど…良かったら食べてもらえないかなって……麻婆豆腐…」
「へ……」

遥は尻すぼみに言って俯いた。
菅原は目を丸くさせていたが、やがてぎこちない動きで手にした袋を見つめる。

「……千葉の、手作り?」
「……初めてだからほんとに本の通りで…激辛には程遠いけど…」

遥は自信なさげに言って指先も隠した袖口で口元を覆った。
子供のように菅原の反応をただ待つ。

「………っ」

菅原は笑いを堪えるように唇を震わせていたがやがて破顔した。
遥はほっとしたように肩の力を抜き、つられて笑顔になる。

「ありがと。でもいーのかなほんとに」
「…うん…お礼だから…」
「?…俺なんかやったっけ?」
「…なっちゃんと喧嘩した時…嬉しかったから…」

菅原は「あー」と納得顔で頷いた。
そして何か聞きたそうに遥を見る。

「…なっちゃんとなら仲直り出来た…」
「!なら良かったよ。良かったね」
「うん…」

菅原はにこにこしていたが不意に手提げに視線をやった。
遥もそれを見つめながらぽつりと言う。

「…今日お弁当一緒に食べない…?感想…聞きたいし…」
「え、マジ?食べるべ食べるべ」

菅原は声を弾ませて答えた。
遥は目を柔らかく細め、口元を隠していた手を少し動かして笑みを見せる。

「…楽しみ…」

しかしその瞬間、菅原の笑顔が強ばった。
視線はセーターからちらりと覗いた遥の指に固定されている。

「…あ…えーと…」

それに気付いた遥は決まり悪そうにセーターで指先を丁寧に覆い直した。
そのまま手を後ろに回そうとするが、その前に片手を菅原のそれにとらえられ目の前に掲げられる。

「これ…」
「…ちょっと失敗しただけ…」

指を菅原の手に預ける形のまま、遥は弁解した。
そして包帯の巻かれたそれの過程を思い起こす。

手のひらの上で豆腐を切る、というところでそれをやってしまっていた。
血のついた豆腐は勿体無かったが捨て、綺麗な部分は後で自分で食べることにして傷の手当てをした。
出来れば絆創膏程度で済ませたかったがそれは厳しく、だらだらと指を伝う赤は結局包帯などという大袈裟な処置となってしまった。

そして、なるだけ隠そうとセーターの袖で見えないようにしていたものの真正面からの視線はさすがに隠しきれるものではなく、今に至る。

「…大した傷じゃ、ないの。今日帰ったら絆創膏で十分だし…」

遥はそこで言葉を切った。
目の前の菅原は痛ましそうな顔をしていて、遥の鳩尾のあたりに重いものを植え付ける。

「…菅原…」
「…ほんとに、縫ったりとかそんな怪我じゃない?」

深刻な面持ちで聞いてくる菅原に遥は頷いた。
それでも菅原はしばらく遥を見つめていたが、やがて息をついた。

表情を和らげ、遥の手を下ろしてからそっと離して言う。

「気ーつけてね?でも麻婆豆腐は嬉しいよ、この上なく。ありがとね」
「…うん…」

遥は答えながら重いものがなくなったのに気付いた。
そして今は菅原の笑みで暖かいものが広がるのを感じる。

「…」
「千葉?」

遥は胸元に手をやった少し考え込んでいたが菅原に呼ばれて顔を上げた。
目が合うと菅原は照れ臭そうながらもにっこりと笑っていて、それでまた熱いものが沸き上がる。

「天気いいし外で食べる?」
「…うん…そうしよ…?」

今までになかった感情に戸惑いながら、遥は菅原と並んで歩き出した。
その感情も悪いものじゃないな、と頭の片隅で思いながら見上げた横顔は優しく笑んでいて、遥も知らず知らずのうちに笑っていた。

包帯はセーターからわずかに覗いていて、その白さを蛍光灯に浮かび上がらせていた。




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