君を待つ




日曜日。
遥が待ち合わせ場所でぼんやり立っているとやがてバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
そちらに目をやれば向かい風に髪を逆立てた菅原が走ってくるのが見える。

「ごっ、ごめんお待たせ…!」
「…大丈夫…?」

立ち止まり膝に手をやってゼイゼイと荒い息を繰り返す菅原に、遥は瞳に心配の色を浮かべた。
それどころではない菅原は、どうにか息を整えようと大きく肩を揺らしてから上体を元に戻す。

「へ…平気……っ!」
「…汗だく…」

が、それと同時に顔に柔らかなものが当てられて菅原はビクッと体を跳ねさせた。
柔らかいもの、もといハンカチを手にした遥はその反応に構うことなく浮かぶ汗の玉を丁寧に拭い取っていく。

「…スポドリ…」

汗をひととおり拭き終えると、遥はマイペースに辺りを見渡した。
自販機を見付けると、ふらりとそちらに歩こうとする。

「大丈夫だよ」

それを腕を掴むことで菅原が止めた。
大人しく足を止めながら、遥は首を傾げて聞いてくる。

「…喉渇いてない…?」
「渇いてるけど、持ってるから」

ほら、と菅原は鞄から引っ張り出したペットボトルを揺らして見せた。
たぷんという独特な音は、中身がかなり残っていることを示している。

「…じゃあ、いい…」

遥はちょっと瞳を緩めた。
和らいだ表情に菅原は一瞬キョトンとしたがすぐさまハッと我に返った。
その間を誤魔化すようにして一気に喉を潤す。

「えっと、じゃあ…行こっか?」

菅原は手の甲で濡れた口を拭いながら言った。
頷いた遥は、視線を菅原に固定したまま相も変わらぬぼんやりした口調で問い返す。

「菅原お腹減ってる…?」
「あ、うん実は。昼まだで…千葉さんは?」
「私もまだ…。あのね…水族館に入ってるレストラン、安いのに結構美味しいって…」

遥はねだるようにまた首を傾げた。
言葉の先を読んだ菅原は頷いて即決する。

「じゃ、そこ行こう」
「………」

微笑む菅原に遥はどこか驚いたように力を抜いた。
が、やがてはにかむように笑い返して首を縦に動かす。

「うん…」

そして二人は歩き出した。
まだ強い陽射しの下、短い影を足元の供に水族館へ向かった。




○●○●○




レストランはやや昼時を過ぎたこともあって、大混雑は避けられたようだった。
入口にでんと置かれた写真つきのメニューを眺めて菅原は促すように遥を見やる。

「何にする?」
「……海鮮丼…」
「…魚なんだ…水族館で…。いや、いいんだけど…」

その遥の選択に菅原は苦笑を漏らした。
当の本人は気にもとめていないようで、海鮮丼の写真にどこかそわそわしている。
それを眺め、やがてほんわかした気分に浸っていれば不意に遥が菅原を見上げた。
表情は一転し、困ったように眉尻を下げているのを見て菅原は思わず声を上擦らせる。

「ど、どしたの?」
「菅原は…?」
「ん、俺?俺は…えーと…」
「…食べたいものない…?」
「え?」

菅原は息を落ち着けるとじっくりとメニューを見返した。
それでなんとなく遥の言わんとすることを察する。

「…辛いのじゃないと食べれないわけじゃないから大丈夫だよ」

メニューの主なラインナップはオムライスやパスタ、カレーだった。
むしろなぜそこに海鮮丼が混じっているのかという方が疑問だったが余計なツッコミはすることなく菅原は遥に微笑みかける。

「…じゃあ…次の時は菅原の好きなのあるとこ食べ行こ…?」
「!…うん」

遥はしばらく菅原を見つめていたが、やがて言った。
その言葉に濃くなった笑みに、ぽそりと漏らす。

「……菅原なんか可愛い…」
「かわっ…!?」

複雑そうに瞳を泳がせる菅原に遥はちょっと笑った。
そして服の裾をつまみ、引く。

「…行こ…?お腹減った…」
「あ…うん」

菅原はつられるようにして後ろを歩いた。
しばらく遥の横顔を見ていたがやがて振り向いた瞳と視線がかち合う。

にこ、と向けられた本日何度目かの笑みに菅原はちょっと目を瞠りそして歯を見せて破顔した。
すぐそばにそびえる水槽のブルーが、幻想的に輝いていた。





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