君を誘う




「あ、千葉ちょうどいいところに」
「…?」

遥がふらふらと廊下を歩いていると、向かいから歩いてきた担任に呼び止められた。
足を止め、怪訝そうに見上げれば彼はすまなそうにメモを掲げてみせる。

「あのな、図書室でこのリストの中から3冊ほど借りてきてくれないか?」
「……3冊だけ…?」
「うん。生徒をパシリにはしたくないんだがな、つい忘れてしまっていて…次の授業で使うんだ」
「…わかりました…」
「悪いな、そのまま教室に置いておいてくれたらいいから。じゃあ頼む」

担任は遥を拝むように軽く片手を挙げると、メモを渡して早足に立ち去った。
残された遥は携帯を取り出して時間を確認する。
もともと用事もなく歩いていただけだから、多少のことは構わなかった。
遥は携帯をポケットに戻すと進行方向を変えて歩き出した。
それほど遠くはない図書室は、実を言えば足を踏み入れるのは初めてだったけれど本を探すのはやりやすそうに見えた。




○●○●○




本を探すこと数分。
それほど苦労することもなく一冊めを見付けることは出来たが、その場所が問題だった。
平均くらいしか身長のない遥には少しばかり取りづらい高さにそれは鎮座していた。
とはいえわざわざ踏み台を探してくるのも面倒臭く、遥はやるだけやってみるかと手を伸ばす。
が、案の定届かない。
爪先だけがむなしく背表紙を引っ掻き、さてはてどうしようかななどとぼんやり思っていた時だった。

「はい」

不意に後ろから被さるように腕が伸び、目的の本を取った。
首だけ振り向いて見上げればそこには菅原がいる。

「…菅原…?」
「これでいいの?なんか気の遠くなりそうな本だけど」
「うん…ありがと…。先生からの頼まれもの…」

遥は受け取った本を胸に抱き抱えると持っていたメモに再度視線を落とした。
隣から菅原がどれどれと覗き込んでくる。

「これ全部探すの?」
「ううん…3冊くらいでいいって…」
「じゃ、手伝うよ。えーっと著者…」
「…菅原図書室に用事あったんじゃないの…?」

遥の言葉に菅原がギクッと肩を跳ねさせた。
頬をかきかき、言いにくそうに口を開く。

「…実は千葉さんが見えたんで入ってきただけだったり…」

言ってしまってから菅原は慌てたように向き直った。
顔を赤らめ、意味もなく手をぱたぱたさせて早口に捲し立てる。

「ごっ、ゴメン引いた!?ゴメンな!?」
「私何も言ってない…」

遥は軽くツッコんだ。
そして菅原がそのことにうっと詰まったのを見て、瞳を穏やかに綻ばせる。

「手伝ってくれてありがと…」

遥は自分でも意外なくらい、柔らかな声音で礼を告げた。
それからふと自分の体を見下ろしてポケットを探る。

「…お礼…」
「いいってそんなの!俺の自己満足みたいなもんだから!」

その様子に菅原が慌てたようにストップをかけた。
遥はやや不満げに唇を尖らせる。
が、指先に触れた紙片に気付くと口を開いた。

「…菅原、魚好き…?」
「…魚?」

菅原は首を傾げたが割りとすぐに答えを返した。

「…まぁ普通に…?」
「…じゃあ…近々部活休みある…?」

重ねられた質問に菅原は今度はちょっと考えた。
軽く顎に手を当て宙を眺めながら言う。

「確か…今度の日曜が午後からオフかな」

遥はじゃあ、とスカートのポケットから取り出したものを見せた。
指先で両端をつまみ、チケットがよく見えるように伸ばして持つ。

「水族館行かない…?」
「!」

菅原の表情が輝き、頬に朱が差した。
一瞬言葉を忘れたかのように口をぱくつかせたが、すぐに音を乗せて賛同を示す。

「い、行く!」
「じゃあ決まり…」

菅原の答えに遥もまた表情を和らげた。
本棚の間という狭い場所での約束事は、埃っぽい空間だということを忘れさせた。




***




「待ち合わせどうする…?」
「…1時に駅の時計のとこくらいでどうだろ?」
「私は大丈夫…菅原休まなくて平気…?」

目的の本を借り終え、菅原がさりげなくすべての本を持っていたことに気付いた後で話題は水族館のことに戻っていた。
廊下の適当な位置で壁にもたれ掛かりながら会話を弾ませる。

「…場合によってはどっかで休ませてっていうかもしんない…」
「、」

真面目な顔でぼやいた菅原に遥が小さく肩を跳ねさせた。
どうやらウケたらしく、少し頬を染めて笑っている。

予定を立てることから楽しかった。
菅原は照れたように肩をすくめながら白い歯を見せ、遥もふわふわと髪を揺らして微笑んだ。

笑い合う二人は誰の目にもカップルとして映り込んでいた。




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