実感
子供のようにしゃがみこみ、ぽふぽふと雪玉の表面を叩く後ろ姿にふと笑いが漏れる。
菅原はザクザクと足元の雪を踏み締めながら近付くと、その傍らに腰を屈めてポケットからカイロを取り出した。
冷えた頬にぽんと当ててやり、にっこりと笑う。
「お待たせ、遥」
振り向いた遥は菅原を見上げると微笑んだ。
やや頬を上気させ、緩やかに瞳を細める。
「雪だるま?」
「…ん…何個作れるかなって…」
菅原の柔らかな声に頷いた遥はじっと手元の雪だるまを見つめた。
つられて視線をやれば、その影に一列になって雪だるまが量産されている。
「……俺、もしかして時間間違えてたり…した?」
菅原は狼狽えた面持ちで遥に聞いた。
が、ふるふると頭を振った遥は淡々とした声音で答える。
「……つい早く来て遊んでただけ…」
「…だったらいーんだけど」
菅原は苦笑しながら遥の手を取って立ち上がらせ、その手袋を外させた。
ひんやりと冷たい指先に触れながらあーあーと声を上げる。
「手ぇ真っ赤。大丈夫?」
「…平気…」
菅原は濡れて冷たい手袋を自分のポケットに入れた。
代わりに遥の手にはカイロをのせる。
「遥はこっちな。指冷たいのって結構きついべ」
「……ありがと…」
両手でカイロを受け取った遥は白い息を吐き出しながらじんわりした温もりに頬を緩ませた。
冷えた鼻先は赤く、肌が白いせいでえらく目立つ。
「さてと、行こっか。なんか観たいDVDあるんだっけ?」
「…ん…貞子の一番新しいやつ…」
「はいよ、りょーかい。…と、映画のお供どっかで買ってく?」
お菓子とか、と菅原は道路をはさんだ反対側にあるコンビニを見ながら聞いた。
遥はふる、と首を横に振ってそれに答える。
「私はいい…孝支くん何か買う…?」
「俺もいーかなぁ。…あ、飲み物だけ欲しいかも」
「家…紅茶とかコーヒーならあるよ…?」
「ん、そう?じゃあ、ご馳走になろっかな」
二人は話しながら歩き出した。
しばらくすると遥はカイロから片手を離し、小さく菅原の袖を引く。
菅原はそれの意図するところを読むと歯を見せて笑いながら手を差し出す。
繋いだ手はカイロからうつった熱を共有しあって暖かだった。
きゅっと握れば握り返す、そんなことを繰り返しながら、二人は雪道を歩いていった。
○●○●○
「…あのー…遥さん?」
千葉邸に着き、挨拶もそこそこに遥の部屋に入ると部屋の主はいそいそとDVDをセットした。
菅原には大きなクッションを勧めると自分は部屋を暗くし、そしてそれはそれは自然にその足の間に腰を落ち着ける。
「……スタートさせていい…?」
「うんちょっと待って」
リモコンを掲げ、画面をまっすぐ見つめて聞いてくる遥に菅原はとりあえず待ったをかけた。
腰から上をねじり、不思議そうに自分を見てくる遥に辛抱強く問い掛ける。
「…そこで観んの?」
「…駄目…?」
「……………」
悲しそうに垂れ下がる眉、同じく力を失って見える幻の獣耳。
くっ、と目を反らした菅原は頬の熱を自覚しつつ喉から声を絞り出す。
「…駄目…じゃない…です…」
「……ん…」
遥は満足げに頷くとまた向きを変え、何事もなかったかのようにぽすんともたれ掛かってきた。
もうどうにでもなれと投げやりになった菅原は膝に肘をつき、もう片方はだらりとさせて映画に集中することにする。
画面の端に何か見えるたびに身を乗り出し、アップでショッキングな画像が出るたびほんのわずかに縮こまる背中で揺れる髪からほんのり香る匂いに妙に落ち着かなく思いながら、映画は淡々と進んでいった。
触れ合う部位は付き合ってだいぶ経つ今でも、意識せずにはいられない熱を灯していた。