クリスマス




はぁ、と吐き出した息は宙で白く漂ってやがて消えた。
菅原は手持ちぶさたに時間でも見ようかとポケットに突っ込んだままの手を出しかけたところでぽすりと背中に衝撃を受けた。
肩越しに振り返ると、待ち望んでいた淡い色の髪がふわふわと揺れながらこちらを見上げる微笑を包み込んでいる。

「遥!」
「…ごめん…待った…?」

菅原はぱっと嬉しそうに表情を輝かせると向きを変えて遥と向き合った。
すまなそうな質問に首を横に振り、にっこりと白い歯を見せる。

「まだ待ち合わせ10分前!俺もさっき到着したとこだべ」
「…じゃあ…よかった…」

その答えに遥はほっとしたように胸を撫で下ろした。
それから改めて菅原を見上げ、小さく首を傾けながら微笑んで誘う。

「…じゃあ…行こ…?」
「うん」

菅原はととっと数歩遥の前を歩いた。
それからやおら振り返り、ニッと笑って片手を差し出す。

「今日どこも人多いしさ。まぁそうじゃなくても繋ぎたいけど」
「…うん…私も…」

それに遥はややキョトンとしていたが、菅原の言葉を聞くとはにかむように表情を緩めてそっと手を重ねる。
手を繋ぎ、軽く触れる程度に寄り添い合った二人はゆっくりした足取りで歩き出した。

賑わう街並みはクリスマスの飾りでカラフルで、そのどれもがキラキラ輝きながら二人を見守っていた。




○●○●○




「カップル特典と学生割引で30%オフですねー!どうぞいってらっしゃいませー!」

遊園地の入り口をくぐると、遥は瞳をきらきらさせて周囲を見渡した。
菅原は微笑ましげにそれを見つめ、どのアトラクションを言われてもわかるようにとマップを広げる。

「どうする?いきなしジェットコースター行く?それとも緩めのから行く?」
「…じゃあ…あれ…」

遥が指差したのは回転ブランコだった。
なるほど、きつすぎず緩すぎずテンションを上げるにはちょうどいいかもしれない。

「いーね、じゃあ行こっか」
「……ん」

畳んだマップの角でとんとんと顎をつつきながら言うと遥は嬉しそうにこくり、頷いた。
それからふと思い出したように顔を上げると、菅原の袖を小さく引いて小声で言う。

「…次乗るものは…菅わ…孝支くんが決めてね…?」
「…うん、じゃあ考えとくね」

菅原は破顔して答えた。
それを見た遥は満足げに頷き、そして菅原の腕を引きながらアトラクションに向かって歩き出した。






「楽しかった…」
「だべー。じゃあ次…俺、あれ乗りたいんだけど遥、イケる?」

回転ブランコを降り、髪が風で少しぼさついたのにも構わず遥はますます表情を輝かせていた。
それを微笑ましく見つめながらも菅原がジェットコースターのひとつを指し示すと、にこりと笑って何度も首を縦に振る。

「絶叫系好き…」
「良かった。じゃ、行こ」

二人はジェットコースターの乗り場にずらっと並んだ列に加わった。
待ち時間は長そうだったが、手を繋いでいられるのが嬉しくてどちらからともなく視線を絡ませるとまた互いに笑い合った。

アトラクションの列に並ぶたび、二人はそうして笑い合った。




○●○●○




「…いやー、かなり乗ったなー」
「楽しかった…」

閉園時間の迫る中、二人はこれを最後と観覧車に乗っていた。
ゆっくりと地上を離れ、暗くなってきた空をのぼる円形のゴンドラは心地よく揺れる。

「また来よーね」
「…ん…」
「……」
「………」

なんとなく、心地いい中に緊張が走る。
やがて菅原はゆっくりと口を開く。

「……あー…と。んでさ、これなんだけど」
「…開けていい…?」
「…うん」

菅原が差し出したのは小さな箱だった。
赤いリボンの掛けられたそれを遥はそっと開いていく。

「クリスマスプレゼント」

中から出てきたのは繊細なデザインのネックレスだった。
遥は瞳を大きく見開き、そのトップに埋め込まれた桃色の輝きをじっと見つめる。

「……付き合って3ヶ月くらいだから…重いのかなーとは思ったんだけど…似合いそうって方がでかくて…」
「……っ」

遥は箱ごとぎゅっと胸に抱き締めた。
それからゆるゆると顔をあげると、心底嬉しそうに表情を綻ばせる。

「…孝支くんありがと……。すごい可愛い…大事にする…」

大袈裟なほどの喜色満面の笑みに菅原は視線を泳がせた。
目元にほんのりと朱が差し、やがて少年も破顔する。

「…そ、っか。喜んでもらえたなら、よかった」
「うん…ありがと………。…あ…そだ…私も…」

遥はふと我に返ると、手持ちのバッグにそっともらったネックレスを仕舞い込み、代わりにやや大振りな袋を取り出した。
濃紺にシルバーのリボンシールを貼ったシンプルなラッピングのそれを、遥は真剣な眼差しで菅原に差し出す。

「…俺に?」
「ん…何がいいかわかんなかったから…悩んだんだけど…どう…?」

菅原は促されてごそごそと中身を探った。
やがて中から出てきたのは、柔らかな手触りのマフラーだった。
色は男物にしては明るいブルーだが、菅原のイメージカラーとしてはなかなかに悪くない選択だ。

「うわ、あったかい。…似合う?」

菅原は早速巻いて見せながらニッと笑った。
遥は満足げに何度も頷き、そして照れたように頬を染める。

「ありがと、すげー嬉しい!」
「……こっちこそ…ありがと…」

遥はすすす、と菅原の隣まで移動するとその肩に小さく頭を預けた。
応えるように菅原もそっと頭を寄せ、二人はそのままあと半分ほどの観覧車を堪能する。

二人の間で繋がれた手は、指を絡め合っていた。
片方がそっと握ればもう片方も握り返す、そんな緩やかな時間は街を彩り始めたイルミネーションに見守られて静かに過ぎていった。






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