彼氏の君





「なぁ、菅原ってお前?」

菅原が廊下を歩いていると、すれ違った同級生が何の前触れもなくそんな言葉を呟いた。
菅原は足を止めると振り返り、怪訝そうな顔をしながら頷く。

「?そうだけど…」
「ふーん…」

菅原をじろじろと見たその少年はやがてふんと鼻を鳴らすと、ふんぞり返るように後ろの壁にもたれた。
腕を組み、冷ややかな眼差しを向けながら質問を重ねる。

「じゃあさ…お前が千葉さんの彼氏って、マジ?」
「!」

菅原は思わず目を見開いた。
少年が「誰」なのかを察し、なんとなく、互いに睨み合う。

と、その矢先だった。
くいくいと袖が引かれるのを感じて振り返るとそこには遥がいた。
空いた手の袖口を口元に当て、じっと見上げてくる。

「菅原…」
「千葉」

遥はほんのり頬を桃色に染めながら菅原を見つめていたが、不意に少年に気付いてゆっくりと瞬いた。
その様子を菅原が不安な思いで見つめ、少年が得意気な色を含ませた笑顔を返してきたところで遥は軽く首を傾げる。

「…………誰…?」
「「えええええ!?」」
「?」

まさかの反応に少年のみならず菅原も声を上げた。
遥はただ心底不思議そうに菅原を見上げている。

「……あの、俺こないだ告白した…」
「……………」

流石に顔をひきつらせながら壁から背を離した少年は己の素性を明かした。
遥は少し宙を眺めて考え、それからそろりと菅原の影に隠れる。
一応は思い出したらしく、その瞳に警戒の色が浮かぶ。

「……あのさ、この際言っとくけど」

その顔を横目で見ていた菅原はすっと遥を背後に隠すように体の角度を変えながら口を開いた。
眦をキリリと吊り上げ、キッパリとした口調で告げる。

「俺、千葉取られるつもり全くないから」

その言葉に少年はぴくりと眉を動かし、遥は呆気に取られたように目を見開いた。
そしてきゅっと握り締めた手のひらを胸元に当てながら本当に小さな声でぼやくように呟く。

「…菅原…」

その傍らで菅原はただしっかりと少年を見ていた。
睨むのともまた違うその眼差しに少年もまたじっと視線をそらさずにいたが、やがてどちらからともなくそれは均衡を崩す。

「へっ、せいぜい言ってろよ」

くるりと踵を返しながら菅原には挑戦的な、遥には熱っぽい眼差しを投げ掛けると少年は気障に片手を上げて去っていった。
遠ざかる背中に言いようもない自信が感じ取れてなんとなく見ているこちらに疲労感が生まれる。

「…自信満々だなぁ…」
「……」

菅原は溜め息をつき、遥は困ったようにその横にすり寄った。

「…遥?」
「……」

遥は黙って菅原の腕に手を添えるとその肩に額を預けた。
そして小さな声がごめんと紡ぐ。

「…菅原まで嫌な思いさせて…ごめん…。迷惑かけて…ごめんなさい…」
「………」

菅原はふと顔を上げ、すぐそこに空き教室があるのを見ると遥の手をつかんでそこに移動した。
電気のついていないそこに入ると、扉を閉めそして遥をぎゅっと抱き締める。

「……俺、迷惑なんて思ってないからね」
「…!」

抱き込まれた遥は耳元で聞こえる優しい声音にぴくんと肩を跳ねさせた。
穏やかな声音はまた続く。

「遥が俺を好きになってくれたの、ほんとに嬉しいんだから。遥の嫌な思い、俺が少しでも肩代わり出来んなら全然構わないから」

菅原の甘い言葉はまるで麻薬だった。
遥は頬を軽く上気させて菅原の背に腕を回すと、ぎゅっと力を込める。

「……孝支くん」
「ん?」
「孝支くんが嫌な思いしたら私が慰めるから…」
「……ありがと」

菅原は優しく遥の頭を撫でた。
その温もりにまた胸をきゅんと締め付けられながらも遥はわずかに菅原から体を離すとその顔をじっと見上げる。

「……孝支くん」
「うん?」

柔らかな笑顔に遥も綻ぶような笑みを見せた。
そして改めてぎゅっとその体に抱き着く。

全身で「好き」だと伝えてくる少女を菅原はただ抱き返した。
自分の「好き」もまた、すべて遥に伝わるようにと強く想った。

殺風景な教室で、二人はひたすらに甘やかに抱き合っていた。
隙間風に吹かれたカーテンの向こう、賑やかな笑い声が淡く聞こえていた。





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