波乱前





ある昼下がりのこと、遥は購買でジュースを買って教室に戻ろうと廊下を歩いていた、矢先のことだった。

「好きだ!」

突然後ろから腕を掴まれたかと思うや否や、叫ぶように告げられたその言葉。
振り向いた遥は無表情にぽつりと聞き返す。

「………何が…?」

遥の腕を掴んでいたおそらく同級生は一瞬がくりとしたようだったが、すぐにキッと眦を吊り上げると吼えるような声で答える。

「千葉がだよ!俺と付き合ってくれ!」

遥は目をぱちくりさせて少し止まった。
が、やがてやんわりと腕を振りほどくと少し距離を取ってから用心深い声で言う。

「…それはありがとう……でも彼氏いるから…」
「、え!?」

少年は驚愕に目を見開きまた叫んだ。
よく叫ぶなぁとぼんやり思いながら遥は無言で立ち尽くす。
と、そこにタイミングよく教室から夏帆が顔を覗かせた。

「遥ー?菅原から電話来てるよー!」
「!……じゃあ…」

菅原の一言にぱっと表情を明るくさせた遥は短く言うとぱたぱたとその場を後にしかけた。
が、それを追い掛けて少年がまた叫ぶ。

「…っ俺!諦めないから!」

遥はそれには答えないながらもそろりと肩越しに振り返った。
少年の瞳が嫌にぎらついて見えて、少女はこっそり身震いした。




○●○●○




夕暮れ道。
菅原と連れ立って二人歩いていたが、不意に会話が途切れて遥はキョトンとして顔を上げた。
その視線の先、難しい顔をした菅原に思わず声を上擦らせる。

「菅原…?」
「千葉、どしたの。なんか浮かない顔してるけど」

遥は心配そうに見つめてくる菅原に何でもないと首を振り掛けたが、はたと思い直して少し俯いた。
そして限り無くシンプル且つ簡潔な言葉で説明する。

「…なんか…告白された…」
「え」

菅原の顔色が悪くなった。
それでも余計な口は挟まず、歩調だけは緩めながらも視線で先を促してくる菅原に遥はぽそりと感想を漏らす。

「ちょっと怖かった…」
「!?」

菅原は更に顔色を悪くした。
のろくなっていた足は完全に止まり、わたわたと両手を泳がせながら菅原は遥に捲し立てる。

「な、なんかされたの!?大丈夫!?」
「……」

当事者よりもオロオロと狼狽える菅原に遥はゆっくりと瞬いた。
それからぽつりと言い訳するように答えを告げる。

「諦めないからって、言われただけ…」

今度目を瞬かせたのは菅原だった。
ほーっと長く息をつき、胸を撫で下ろしながら口を開く。

「……ならよかっ…………いや、よくもないけど…」

が、菅原は次第にむーっと考え込む顔になった。
遥はしばらくその表情を見つめていたが、やがてぽすりとその胸元に頭を預けた。
トクトクと脈打つ心臓の音に瞼を伏せていれば、不意に菅原の両腕が持ち上がって遥の背に回される。

「……大丈夫?」
「……ん…」

菅原は少し腕に力をいれて遥を抱き締めた。
腕の中、強ばっていた表情を綻ばせた遥はほっとしたような笑みを浮かべて抱き返す。

「…菅原がいるから、平気」

遥はやがて小さな声で、そう言った。
ふわふわとした髪を撫でていた菅原の手が一瞬止まり、そしてぎゅっと強く抱き締められる。

「…遥、」
「?…何…?」

遥は少し離れて菅原の顔を覗き込もうとしたがそれは叶わなかった。
菅原は遥を抱き締めたまま、喜色を隠せない声音でぼそりと言う。

「…あー、やばい。俺遥好きすぎる」
「…!」

遥は目を見開き頬を赤く染めた。
そして一瞬笑い出しそうに唇を引き結んだ後、再度菅原の首もとに頭を預ける。

そうして二人は互いの温もりに寄り添い合っていた。
雲の多い空、チラチラと白いものが舞い躍っていた。






prev next
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -